たとえ小さな事でも

 毎週水曜日は、近くの中学校でスクールカウンセラーの仕事をしています。
前年度からの勤務で、2年目に入ったとたん、目が回るような忙しさです。

 週1日9:00~18:00までの8時間勤務が原則なのですが、最近30分の時差出勤で終わるのが7時過ぎることが多いです。

 今日は、以前に教育相談を担当していた先生と話し合いが長引いてしまい、学校を出たのが夜8時でした。

 昨年度は一日平均で5人の面接をしていて、まだ気持ちに余裕があったのですが、今年度は一日6人~8人と増え、昼休みもわずか20分くらいしかとれず、朝から夕方まで予約でぎっしりの状態で、家に帰ると何もしたくないくらいへとへとになっています。

 面接相手は半分が中学生で、残り半分が保護者と学級担任です。相談室に来てもらうだけでなく、あいた時間に職員室で先生方と話すことも多いので、それまで含めると1日に10名以上の人と面接をしている計算になります。

 このペースだと、週8時間、年間280時間の勤務は「絶対に」少なすぎます!理想は非常勤でも専任でフルタイムで置いてくれることなんですが…予算があるから文句は言えません。

 元教育相談をやっていたA先生と話していて、私は今とても気になっている生徒さんがいるんだけど、と思い切って今日のお昼にあったできごとを話しました。私がその生徒さんの名前を言うと「実は私も会って最初の日に名前を覚えた子で、非常に気になっているんですよ」とA先生も同意してくれました。あ、やっぱり気付く人は気付いているんだなあ、と安心して何が気になっているのかを話すと、A先生は神妙な顔で、「確かに普通でない、という感覚が自分の中にもあった気がしますね」とうなずいておられました。

 その子は1年生で、ちょっとしたことがきっかけで知り合いました。とても明るくて人なつっこい子で、目立つ感じは全くありません。しかし、私が「おやっ」と思ったのは…その子の身長が中学1年生にしてはかなり低かったのです。もちろん低い子は他にもいますが、標準の範囲内から考えても明らかに身体的な発達の遅れがあるように見えたのです。しかも精神的な発達も明らかに遅れているようでした。私はこの程度の遅れなら、早急に医学的な治療が必要だと直感しました。

 でも、今日私が話すまで、他の先生方の口からも、小学校の元担任からも、発達の遅れについて話題が出ることが全くなかったのです。学習面での遅れというとらえ方はなされていたようですが…身体面は見逃されていたようです。私はA先生に率直に尋ねました。「本当に今まで誰も気がつかなかったんでしょうか。そのことが私にはちょっと信じられないんですが」

 A先生はちょっと困った顔をして、「それは何とも言えませんが…私が見た限りでは他の子と何か違う、放っておけない気がしたので…」

 気付いたのは学級担任ではないので、これからまず学級担任に理解を求めるため働きかけなければなりません。そして保護者へ連絡していただくことになるのですが、そこまで行き着くかどうかも分かりません。でも、このまま放っておく訳にはいかないので、できる限りはやるしかないのです。なぜなら、学習の遅れはこの子の問題の一部でしかなく、単に低身長というだけでなく、全体的に発達が著しく遅れているのです。

 このような問題の場合、誰かが気付かない限り、いつも子どもと生活を共にする保護者にとって、子どもの成長の早さが少し違っていることになかなか気付けないものです。専門的な知識は必ずしも必要という訳ではなく、どんな小さなことでも「いつもと何かが違う」と感じることのできる感性と、専門機関へ相談できるようなつながりをつくれるかどうかが、早期発見には必要不可欠であり、そういう感性のある現場の先生方やスクールカウンセラーがもっと増えることを強く願っています。

 A先生が、「私は結構うるさがられる存在で、細かいとよく言われるんですが、こんなでもいいんですかね」と話すので、先生のような人がいないと、もっといろんな問題が見過ごされていたはずで、今のままで十分じゃないですか、と答えると、少しほっとした表情に変わり、なごやかなうちに話し合いは無事終わったのでした。 


 

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ぴょろは知っていた(3)

 自分の状況を自分なりに理解しているぴょろですが、学校や家庭で相変わらず注意されることは多いです。怒られ慣れているのか、「あ、またか」という表情で素直に謝るところはまだかわいいかも…。

 最近は以前のように「~しなさい」という言葉が段々と通用しなくなってきていますので、戦略変更を余儀なくされ、「私はこうして欲しいと思っているが、やるかやらないか、いつやるのかは自分で考えるように」と時に意識して言い方を変えています。特に私自身もあまり出来ていないことをぴょろに注意する時は、「お母さんも人のこと言えないけど、これをちゃんとやった方が、あとから良かったと思えるだろうから言うんだよ」とひとこと添えるようにしています。

 ぴょろの成長と共に、親子の関係も少しずつ変わらざるを得ませんが、ぴょろにはなんだかんだ言ってもどこかでは自分を好きでいてもらいたいと願っています。

 
 私は発達障害を抱える本人へ知らせるにあたっては、慎重に行うべきという考えを持っています。自分の状態を他人から知らされることは、程度の差はあっても気持ちが動揺しますし、衝撃も受けます。ぴょろのような子供でも、タイミングが合わなければもっと受け入れるのに時間がかかっていただろうと思います。また、自分の抱える問題を受け止められるだけのこころの準備ができていないと、診断名をつげられても直面することができないか、あるいは本人を追いつめてしまう結果になってしまいます。

 はっきりと状態を告げることが、本人にとってプラスに働くかどうかの見極めが必要です。

 さらに家族関係への影響も考慮しなければなりません。本人と家族との関係が安定していなければ、すぐには知らせないこともあります。また本人が自分の状態を知ることで家族関係のバランスが崩れると予想されるときには、家族が落ち着くまで本人とは別に家族への援助を行うことも考慮します。

 本人が知りたいと望み、本人の準備や家族関係などの条件がある程度満たされていれば、私はこれからも発達障害について説明をするだろうと思います。ただし診断名を告げるかどうかは、その時々の判断に任せたいと思います。

 発達障害を抱えての思春期は、いわゆる定型発達の子どもたちとは少し違った配慮が必要だとよく言われています。例えば社会性の発達などへの影響や、自己概念(自分がどのような人間であるかという自己定義)が育ちにくいなど、それぞれの立場でいろんなことが言われています。しかしそれでも発達障害自体のスペクトラムは大変広く、子どもたちが思春期をどのように過ごしていくのかは、本人のもつ資質だけでなく、環境の影響も大きいため、こうすればうまくいく、という共通の答えはないのです。親として不安は残りますが、自律へ向けた「学びの時期」ととらえるならば、必ずしも苦しいことばかりではないと言い聞かせる毎日です。

 中学校でカウンセリングをやっていると、同じような発達上の問題を抱えながらも、非常に目立ったかたちで現れる子供と、あまり目立たない子供がいます。たとえきちんと診断を受けていなくても、子供が持つ特徴を十分に理解し対応されている場合と、そうでない場合とでは、中学生くらいの年齢になると発達という点では明らかな差が出てくるように思います。発達障害への理解や対応が十分でないケースで、思春期のこころの揺れに覆い被さるようにして目に見える行動や問題が次々に出てきたときに、「思春期だから」という言葉で片づけられていることも案外多いのではないかと思います。だからこそ、早いうちに発見し支援する必要がある、と小児科医が繰り返し強調する理由が理解できるような気がします。


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ぴょろは知っていた(2)

 今回の家庭訪問では、ぴょろが「お母さんはオレのことをそんな風に見ていたのか」と傷つくのではないかと、それだけが心配でした。

 そして、私の気持ちのどこかには、「ぴょろはY先生の前だから明るく振る舞っていただけで、どこかでショックを受けたのではないか」という不安がありました。

 でも、そんな不安を払拭してくれたのは、ぴょろの何気ない一言でした。

 それから数日後、私はぴょろの中学校のスクールカウンセラーから、ぴょろのクラスに何人か難しい子がいて、クラスが落ち着くには時間がかかるだろうね、と言われました。そんな中では、ぴょろの不注意や多動が全く目立たないことは、容易に想像ができます。

 その日学校から帰ってきたぴょろに、「クラスはどう?」とさりげなく聞いてみました。その時に返ってきた言葉は、

 「すぐキレてムカつくやつもいるけど、おもしろい人も優しい人もいるよ。オレ(沖縄より)今の学校で良かったと思う」

 ぴょろは私が考えていたよりずっとずっと、冷静に物事を見ていました。私はその言葉を聞いて、あぁ、やっとここまで成長してくれたんだなあ、と思わず泣きそうになりました。彼はものごとの両面をきちんと見ることができる力を少しずつつけてきているなということが、このときによく分かりました。ぴょろは自分なりに、自分の状態を分かっていてそれらを受け止めようとしているのです。

 ようやく私は安心しました。ぴょろの前で話した事は、かえってぴょろにとっては自分のことを分かっていてもらえている、という安心感につながったようで、その日以来、少しずつ今の心境を話してくれるようになりました。

 うまくいっているように見えますが、ここまでの道のりは結構大変でした。5歳でADHDと分かった当時は、とにかく落ち着きがなく、感情コントロールがうまくいかないと壁や床に頭をバンバン打ち付け、そしてよく同じ園の子供とケンカになり、何度頭を下げにいったか分かりません。それは小学校にも持ち越され、十分に理解が得られない中で手探りの状態でやってきて、自分のふがいなさに親子で泣くこともしばしばでした。

 私が発達障害に関わるようになったのはここ数年のことで、それまでは知識も経験十分ではありませんでした。それなりに失敗も多く、後悔がないわけではありませんが、「きちんと愛情をかければうまく育つよ」といってくれた、ぴょろのADHDを診断した教授の言葉を信じて、どんなときもぴょろの味方でいよう、という気持ちでやってきました。ぴょろが年齢と共に落ち着いてきたのは、私が彼に直接何かをしたというよりは、ぴょろの自然な成長を妨げる要因を最小限に抑えられるようにしてきた結果なのかもしれません。

 ぴょろが小学生の時は、とにかく親として子供を守らなくては、という意識が強かったのですが、今は次第に「同じ問題を持っている仲間」という意識が芽生えつつあります。そして最近は教えるというよりは、「どうやったらこれを乗り越えられるのかを一緒に考える」立場へと変わりつつあるように思います。

 ぴょろに理解力がついてきたといっても、これから取り組んでいかなければならない問題はたくさんあります。中学生の間の精神面での変化は大きいですから、その変化にどう適応していくかという課題があり、そしてADHDで顕著に出やすい気分の波への対応や感情免疫力(不快な感情に対する抵抗力)をどうつけていくかも今から考えていかなければなりません。大人になるまでには、あといくつか乗り越えるべきハードルがあるのです。

 幼稚園から取り組み始めたことが本当にこれでよかったのかどうか、その結果は思春期になってはじめて分かることも多いです。そして思春期から取り組み始めたことは、少なくとも5、6年先にならないと分からないでしょう。親には度々「待つ」ことが求められます。少しずつ変わっていくぴょろを見守りながら、私は「育ち」の重要性を再認識するとともに、子供が自ら伸びようとする力を親がどれだけ信じられるかが、何をしてあげたかということよりも大事であることを改めて感じています。

 

 

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ぴょろは知っていた(1)

 今日は病院が創立記念日でお休みです。

 危機介入であたふたした2日間のあとに、やっと迎えた静かな朝。一日多い連休は、神さまからのプレゼントかもしれません。

 今週月曜日、ぴょろの担任のY先生が我が家を訪問しました。実は、スクールカウンセラーの仕事がきっかけでこの先生とは以前から面識がありました。偶然にも転勤でぴょろの中学校へ赴任し、そしてぴょろの担任となったのです。(世の中狭いなあ…)

 小学校までは、毎年家庭訪問の時に本人のいないところでぴょろの状況を説明してきました。文章にまとめたり、本を紹介しながら、ADHDの基本情報や本人の特徴などをできるだけ分かりやすく話してきました。ぴょろがADHDであるという私の話を、まともに受け止めて下さったのは6年間のうちわずかに2人だけでしたが、それでも私にとっては大きな収穫でした。

 中学校の方針で、家庭訪問期間中は対象生徒は自宅待機、と言われていたので、家庭訪問の時にはぴょろも家にいる状態で話さなければなりませんでした。しかもうちは1Kの狭いアパートで別室というものがなく…担任の先生と向かい合って話す私の横でぴょろがちゃんと座って聞いているわけです。

 一週間近く前から、どう話してよいものかとずっと考えていましたが、ぴょろが傷つかないように配慮しながら、彼がこれから1年間学級で他の子どもたちとやっていく上で、これだけは話しておかなければと思うことを、率直に話すことに決めました。

 「今後の学校生活に関して、何か伝えたいことや要望があれば」とY先生が切り出したので、ぴょろをちらっと見ながら、

 「はい、あの…この子はちょっと注意・集中がとぎれるときがありまして…」

 一瞬、胃がぎゅ~っと縮む思いがしましたが、今まであったことをありのまま話そう、と気を取り直し、

 *不注意によるケガが多い(自転車事故で大けが、運動中の顔面打撲、階段転落で脳しんとう…などなど)
 *注意力が落ちると、他人の話が聞けなくなる(シカトしているわけではない)
 *集中力にムラがあり、時々ぼーっとしてやる気がないように見える(集中のスパンが短いためでわざとではない)
 *忘れ物・提出物忘れが多い(でも気付けばすぐ行動する)
 *朝が非常に苦手(目覚ましも効果なし、地震でも目が覚めないほど)
 *緊張が高まると落ち着きがなくなる(多動は自分を落ち着かせるための手段だが、端からはふらふらしていると見られてしまう)
 
 …といったことを、ていねいに話し、教師への要望として、

 注意力が落ちているなと感じたら、頻回に声かけをしてほしい(名前を呼ぶだけでも効き目がある)
 大事な事は紙に書くか、何度か繰り返し伝える
 提出物については、期限ぎりぎり前に「必ずこの日に出すように」と念を押すと忘れが少ない
 起床時間など細かな日常生活スキルは習慣化するまで少し長い目で見てほしい
 結果的に集団の和を乱すことがあるかもしれないが、わざとではないことを念頭において対処してほしい

 と、伝えました。

 ぴょろは私の横で、ときどき「そうそう」と首を縦に振りながら、穏やかな表情でY先生とのやりとりを聞いていました。

 私はもっとぴょろが「そうじゃないよ、オレはこんなじゃないよ」と物言いをつけると予想していましたが、以外にも「そういうとこあるよね」と私に同意するので驚きました。Y先生も私の話を真剣に聞いて下さり、「ああ、そうしたらお母さんが早出のときは(遅刻の)要注意ですね」などと、理解を示しておられました。

 私はまだぴょろに、ADHDのことはきちんと説明をしていません。このときも、ADHDという言葉は一度も出していません。ぴょろが悩んだり落ち込んだりしていたときに、少しだけ触れたことがある程度です。

 でも、私が思う以上にぴょろは自分のことを知っていたんだ、とこのとき気がつきました。

 もう少し年齢が上になるときに告知をと考えていたので、私は少しとまどいました。 

 
 
 
 
 
 

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まずは仲間作りから

 皆さんにお知らせがあるのですが、その前に、「今わたしたちにできること」でコメントいただいたkanapoohさんのご質問にお答えしたいと思います。

 昨日、理学療法・作業療法の専門学校の試験が終わりました。私は臨床心理学と発達心理学の2つを教えたのですが、今回の発達心理学は、レポート50%、試験50%で評価をしました。

 そのレポートは、「私の人生設計」というテーマで書いてもらいました。

 全部で80人分のレポートを読むのは大変な作業でしたが、私が教えている学校では、小児対象の作業療法士を、最初からでなくても、途中からでも希望している人は4分の1もいました。もちろん、最初は精神科などで経験を積んでから途中で仕事を変わりたい、という人も結構いたので、最初から小児の作業療法を目指している人の数はそれほど多くありませんでした。それでも、数人は非常に具体的なビジョンを持っていて、とても感心させられました。

 kanapoohさんのコメントにもあったように、確かに小児への作業療法というのは、あまり認知度が高くなく、しかも求人も精神科や老人介護の分野に比べるとかなり少ないのが現状です。しかし、今後発達障害支援法や、その他にも子供のケアに関する法律がもう少し整備されてくると、本来は間違いなくニーズはあるので、それに少しは求人のほうも追いついてくるんじゃないかと思います。

 子供のケアについては、今は医師が足りないというだけでなく、子供の医療に携わるスタッフ全体が足りないといってもいいと思います。子供は非常に細やかな対応と専門的な知識や経験が必要で、その割には報酬自体は少ないのです。だから、やる気があってもなかなか思うような仕事に就けなかったり、仕事があっても1人あたりにかかる負担が大人の場合に比べて大きく、体力や家庭の問題などで、長く続けるのが難しいのです。

 そのような状態がすぐには変わらなくても、子どもたちが成長し大人になった時を考えるなら、ケアの手を緩めるわけにはいかないし、家族やすぐ身近にいる人たちに重い負担を強いるようなことがあってはならないと考えます。

 それでは、今の厳しい現状で、子供の作業療法について理解を深め、職域を開拓していくためにはどうすればいいのでしょうか?

 その鍵は、「仲間作り」にあります。

 作業療法士だけで、小グループの勉強会を作り、そこで専門的な知識をさらに養うという手段もありますが、その他には、地元に必ず発達障害の親の会や、医師・臨床心理士などが中心になっての研究会があると思います。一年に何度かは、講演会やオープンの研修会が行われているはずなので、機会をとらえて出来るだけそういった会に積極的に参加するという方法もあると思います。特に、他業種で構成されている研究会では、作業療法の役割や重要性について、いろんな専門家に知ってもらう格好の機会ですから、その時には積極的にいろんな人とのつながりを作っておいて、次のステップにつなげていくようにすれば、就職の可能性も段々と広がってくると思います。

 私は最近、こういう仲間や人とのつながりを大切にすることで、何度も助けられた経験があります。できるだけ、志を同じくする仲間と出会えるチャンスを作り、出会った人を大切にしていただきたいと思います。その中から必ず、将来やるべき事や、進路の方向性について、何らかのヒントを与えてくれる出会いが待っていると思います。

 今すぐに環境が整わなくても、あきらめる必要はありません。なぜなら、必要としている子どもたちはたくさんいて、今はまだ、十分なサービスが受けられていない状態なのです。子どもたちと作業療法士をつなぐには、間に多くの人たちのつながりが必要かもしれないというだけで、これから可能性のある分野であることは間違いないです。

 北欧のある国では、「子供にお金を使わない国は滅びる」と言われているそうです。お金というよりも、子供に感心を持てなくなり、子どもたちが本来受けるべき福祉サービスが受けられないというのは、子どもたちにとって不幸なだけでなく、本当は社会全体にとっても悲しむべきことなのです。私たちは、それぞれの領域で、それぞれの役割を受けて、それをこなしていくだけです。やりたいことがすぐにかなえられなくても、絶対にあきらめないで欲しいと思います。それは、これから子供の福祉に関わろうとする全ての人たちに、私からぜひお願いしたいことなのです。

 私もまた、子供のこころのケアをしていく上では、様々な制約や壁があることを実感しています。しかし子どもたちの10年、20年先にどうなっていくかという長期的な展望と、目の前の問題と両方を考えながら、結果はすぐには出ないけどいつかは必ず出ると思い直すことにしています。今は、状況は結構厳しいですが、同じ方向を目指して協力できる仲間を持てたことで、今後もいろんな問題を乗り切っていけるだろうと思っています。

 
 

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子のこころ、親知らず

 「生まれてきてごめんなさい」を書いた後、大学の学生さんから親子関係に関する相談を受けました。

 ひとことで言うと、「母親とうまく話ができない」という悩みを抱えている人でした。2回ほど面接して話を聞いたかぎりでは、虐待などの問題はなさそうだったのですが、どうやらお母さんが、本人を傷つけるつもりはなくて、何気なく言った一言がずっと頭から離れずにいて、それ以来お母さんを意識的に避けたり、話そうとしてもうまく話せないというのです。

 この出来事は、今から10年ほど前に起こったことで、周囲はよそよそしい本人の態度を思春期によくある反抗期、という見方をしていたようでした。ところが大学に入学しても状況がほとんど変わらず、親との関係を修復したいのですが何かいい方法はないんですか?、と私に尋ねてきました。

 そこで、イメージ療法(催眠ではありません)を使って、「お母さんにその一言を言われた時に本人が何を感じ、どう考えたか」を思い出してもらいながら、その子が言いたかった事をその時に戻ったつもりで(イメージの中で)伝えてみるという方法を試みました。

 一言づつ、ゆっくりとワークを進めていくうちに、学生さんは、自分が生まれてきた価値がないとずっと思ってきたことや、周囲に迷惑をかけてきたことへの強い自責の念を持っていることを泣きながら話し始めました。

 私の目から見て、個人的な相談を受ける以前から、軽度の発達障害を抱えているのではないかと思っていた人だったので、彼の話を聞きながら、なぜ母親の一言にこれほど強く反応したのか、その理由が分かる気がしました。

 しばらくそのままワークを続けたら、言葉で気持ちをある程度表現できたこともあって、次第に本人は落ち着き、当時の事を大分冷静に受け止められ、母親へのわだかまりを少しずつなくしていきたいという気持ちになれたようでした。その面接の最後で、彼がぽつりとこうつぶやいたのです。

「私は、本当はお母さんのことが大好きなんだって、今気がついたんですよ」

 その学生さんは、私とのやりとりの中で、自分もうまく母親に気持ちを伝えられなかったし、また母親自身もとても不器用な人であったことに気付いたようでした。母親からすると、「これくらいの事で傷つくなんて」というほど小さなことだったかもしれないけど、言われた方にしてみれば「自分は生まれた価値がない」という思いを余計に強くしてしまうような体験になってしまったのだと、本人は私に話してくれました。


 面接の後、しばらくいろんな事をふりかえっていて、ああ、そうか、と気がついたことがありました。

 私自身も、子供のときに母親にはいろいろと怒られただけでなく怖い思いもたくさんして、それがずっと外傷体験として記憶に残ってしまったのですが、それでも私は母親の事が本当は好きだったのだと思います。

 その思いをきちんと伝えることはできませんでしたが、子供なりに母親のことを考え、情緒不安定で時々衝動的な行動に走る母親のことを、ずっと心配していたんだと思います。

 でも、母親からみると、私は明らかに「育てにくい子」でした。母親が期待するような行動ができなかっただけでなく、母親が私に分かって欲しいと思っていた通りには、母親の気持ちを理解できていなかったのではないかと思います。

 発達障害には、相手の気持ちや状況を理解するのが困難、などのコミュニケーションの問題があることは周知の事実ですが、ふと、これはもしかしたら理解できないというのとは少し違うのではないかと気がついたのです。

 言葉でも、非言語的なメッセージでも、確かに適切に読みとり理解する点に問題のある場合も多いです。しかし、それでも自分の持てるスキーマを使いながら、ちゃんと親のことも周囲の事も理解しようとしていて、ただ理解の仕方が周囲の予測するものと多少違っていたり、あるいは理解力がある程度あっても、それを表現する手段が適切でないために、相互のコミュニケーションが維持できないのではないかと思いました。

 親子関係は、社会性の基本であり、発達障害の人にとっては貴重な人的資源であると共に最も問題が起きやすい関係でもあります。親の立場からは理解しづらいことはたくさんありますし、子供とのコミュニケーションをどう改善していけばいいのか、課題はその時の発達段階に応じていろいろと出てくるでしょう。

 本来人間には、「人が自分と同じようにものごとをみて当然」といった、身勝手な思いがどこかにあって、意見や気持ちが合わないと、「なぜ相手は分かってくれないの」という不満を相手にぶつけてしまうこともあります。「親のこころ、子知らず」とはよく言われますが、「子のこころ、親知らず」なことも、少なくないのではないでしょうか。

 ですから、発達障害の子供と親とがある程度落ち着いて生活していくためには、単に子供の社会スキルやコミュニケーション能力を改善するための援助だけでなく、親が柔軟性のある視点を持って子供に対応していけるように、時には第三者の介入や具体的なアドバイスといったものが必要になるのではないかと思います。


 
 

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ぴょろぐ。始めました

 ブログに遊びに来て下さっている皆様にお知らせがあります。

 ココログに「ぴょろぐ。」という新しいブログを作りました。このブログには、Slient Voicesとは別に、ADHD当事者であるぴょろと私の、刺激的でおもしろい日常の出来事や、ADHDっ子の子育てに関する記事を載せることにしました。

 ADHDの子育てに関しては、小学校くらいの年齢まではいろいろと情報があるし、大人のADHDについても次第に本も出版され、情報も増えてきているのですが、思春期の頃のADHDに関する情報があまりないので、これから中学生になるぴょろの成長に合わせてどう対応していくか、ということも紹介したいと思っています。

 何よりも、ADHD当事者の親子の生活は、結構ハプニングが多く、いろんな事が起こりますので、決してネタ切れにはならないような気がします(笑)。

 そういう意味でも、私の違う一面が見られるかもしれません。

 もちろんSilent Voicesにも、発達障害関係の記事はこれからも書いていきますし、ぴょろぐ。と共通の記事も時々は出てくると思います。

 ぴょろぐ。は、どちらかというとカウンセラーとしてのSanaではなく、親としての立場を優先にしたいと思います。(たぶん、ごちゃまぜになるとは思いますが…)


 もし、ご興味があるようでしたが、ぴょろぐ。もよろしくお願いします。

 ぴょろぐ。の記事の更新は、時々こちらのブログでもお知らせしたいと思います。


 ぴょろぐ。のURL: http://sana0329.cocolog-nifty.com/pikapiyo/

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母親の涙

 本当は、別の記事を書こうとしていたのですが、カイパパさんの記事と、めめさんの記事を読んで、今日起きたことをどうしても書かなければという気持ちになりました。

 祝杯にはまだ早い:発達障害者支援法の出発点を確認する(カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル)
 発達障害者支援法(きらきら ぐるぐる)
 
 今日私は、ある中学校の先生方と、その学校で問題のある生徒のことについて、コンサルテーションのためのミーティングを行いました。この中学校は、K市内では比較的まだ落ち着いている方の学校なのですが、発達障害の疑いがある子供たちが多いのです。特に気になる生徒については、担任の先生と個別に面接をするなどしてこれまで対応してきたのですが、今日のミーティングでは特に自閉症スペクトラム障害の話に集中しました。

 話し合いの中で相談の対象となった子供たちの半数以上が、学力の著しい遅れも伴っていて、その中でもうすぐ進路決定の時期を迎える3年生の生徒たちにとっては、厳しい選択を迫られることは想像に難しくありませんでした。中学校までのように、高等学校は発達障害に対して理解を示さないことが多いと、先生方も私も経験上承知していました。だからこそ、中学卒業後、彼らがどのように育っていくのか、それぞれの立場で心配がつきないのです。

 話し合いは、2時間半と、いつもの倍近い時間になりました。

 ミーティングが終わって、私が帰り支度をしようとしたら、参加していた先生の1人が、かなり思い詰めた顔で、「ちょっと個人的に相談したいことがあるんですけど」と近寄ってきました。

 他の先生方が部屋から出て行かれたあと、その先生は、やっとの事で重い口を開き、家族の事で話したい、と切り出しました。

 子供にどう接していいか分からないんです…と、後は堰を切ったように話し始めました。以前からどうしても子供とうまく行かず、これからどうしていいかずっと悩んでいて、ミーティングでの話を聞いていると、もしかしたら子供が自閉症スペクトラムに当てはまるのではないかと思う、という内容でした。

 子供の発達状況や「今困っていること」を伺った限りでは、アスペルガー症候群の可能性が高いように感じました。

 先生という職業柄、周囲のプレッシャーも子供に対する責任感も人一倍強かったのでしょう。話が、子供の将来のこと(進学や就職の問題)に及ぶと、こらえきれなくなった先生は、涙を流しながら、「子供がどんな職業につき、どんな人生を歩むのか、それを考えるのが辛い」とおっしゃっていました。

 私が目の前に見たものは、紛れもない、子供の将来を心底心配する母親の姿でした。

 理解しよう、歩み寄ろうとしている愛情豊かな両親にとって、どんなにがんばっても子供に思いがきちんと伝わらず、どうしても心の距離が縮まらないのは、とても苦しいことなんだと、改めて感じました。

 その時、私は一瞬、スクールカウンセラーの立場がふっとんでしまい、1人の発達障害を持つ子供の親として、安易な慰めの言葉をかけるより、今はただ相手の苦しい気持ちをそのまま受け止めてあげたいと思いました。

 私は、自閉症スペクトラムの告知を受けた時の、母親の涙を何度も見てきました。だけど今日もう一度、涙を流す母親の姿を見て、改めて決意したのです。

 彼女たちや私のような人たちを、これ以上ふやしてはいけない。

 親として、過度の自責感や必要以上の辛さを味わうことのないように、そして「この子を育ててきてよかった」と思えるように、そして、子供の将来にもっと具体的なビジョンや希望が持てるように、

 私はもっともっと勉強して、発達障害の専門家として、また当事者の親として、できるだけ彼女たちの力になりたい。

 そのためにも、最も基本的な枠組みである、発達障害者支援法が、出来る限り原案のまま採択され、実施され、もっと発達障害の当事者や家族への支援を適切で十分なものにしていく大きなきっかけになることを何よりも切実に願わずにはいられません。


 そして、このあとの記事でもう一つ、大事な事を書きたいと思います。

 

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発達障害とうつの合併(1)

 学会もあと2日間になりました。今日はワークショップで英語のシャワーを浴び、私の頭の方はただいま情報過多のため、機能不全の状態です。(早い話が、あまりたくさんの事を一度に聞いたので、頭の情報処理能力がフリーズしてしまっているわけです)

 …とりあえず頭を休めるため?ホテルでTVをつけたら「となりのトトロ」をやっていたので、さっきまでずっと見ていました。

 先日「昇るより降りる生き方」を載せたところ、うつの急性期(一番症状が重いとき)にはちゃんと治療した方がいいのではないか、というご指摘をいただきました。もちろん、ご指摘のとおり、私の言語障害…でなくて、説明不足であったと思います。誤解のないように、少しこの件について、専門家と当事者の2つの視点から、付け加えておきたいことがあります。

 子供でも大人の場合でも、ADHDや自閉症スペクトラムなどの発達障害を抱えている人に、高い割合でうつの合併が見られます。大人の場合は、うつの方が全面に出て、その背後にある発達障害に気付いてもらえないことがすくなくありません。子供(学童期~思春期)では逆に、問題行動のほうが注目されやすく、うつの発見が遅れることが多いです。

 発達障害とうつが合併するときの対応の仕方は、うつが何故起こったかにより少し違ってきます。

 ごくまれですが、もともと脳内のホルモンのアンバランスがあって、うつを起こしているときがあり、その時は薬でバランスを整えるのが効果的だと言われています。

 しかし、発達障害を抱えていることで、日常生活特に人間関係で様々なストレスや問題が発生し、その中で何らかの出来事や体験が引き金となってうつになっている場合は、抗うつ薬で多少気分が落ち着いても、うつとなるきっかけになった体験の整理がつくか、問題の解決のめどがたつまでは、ゆううつな気分はなかなか改善しません。

 うつで薬の助けがどうしても必要なのは、1週間以上眠れない時と、食欲がなく急に体重が減ってしまった時です。眠ることと食べること、この2つが損なわれると、生命を維持するのが難しくなるので、うつでこの2つの症状が長く続くときには、薬を飲み、体力を必要以上に消耗しないように、休息を取ることが大切です。

 うつは、ひどくなるとやる気が全くなくなり、外出も起きて何かをやる気力もなくなります。しかし、薬を使っても、気力を取り戻すには少し時間がかかります。また、自殺のリスクはむしろ治りがけの頃に高くなります。薬を飲み始めて段々と元気になってきたころが、一番私たちにとっては要注意の時期と考えているのです。

 発達障害がありうつが合併している場合、抗うつ剤は50%程度、気分をよくしてくれ、睡眠や食欲を改善してくれます。残りは、薬以外の援助により、本人の行きにくさを減らし、ストレスをうまくコントロールする方法を身につけることで、改善することはできますが、100%よくなる、ということは非常に難しいと思います。

 大人の発達障害の場合、何年も抗うつ薬を飲み続けていても、あまり改善が見られない、ということもあります。それでも、漫然と同じ薬が使われていたり、何種類もの抗うつ薬を処方されているのが現状です。おそらく、通常の精神科医で、発達障害とうつの合併の可能性を考えながら治療のできる人はそれほど多くないのではないかと思います。

 子供の場合も、まず発達障害を専門に診ることのできる医師の絶対数自体が少ないという大きな問題があります。抗うつ薬の中でSSRIは子供には使えませんので、それ以外のお薬が使われますが、やはり薬だけではなかなか改善は難しいと思います。

 いずれにしても、ある程度気分や症状が安定するまでは薬中心の治療、安定した後でカウンセリングなどの心理療法を取り入れるのが一番妥当な方法だと言われています。

 ある程度安定した時に、生きにくさへの対応や障害とうまくつきあうための方法を模索する中で、自分の抱える障害を受けれられるようになると、段々とうつ症状が改善されることがあります。

 「昇るより降りる生き方」という考えが生きるのがこの段階だと思います。


 

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気のせいじゃないんだってば…

 七夕メールでも触れたように、昨日はぴょろの担任の先生と個人面談の日でした。

 単身赴任中なので、去年ほど学校の状況が分からず、少々不安も覚えながら教室で先生とお話してきました。

 成績の事、学校での様子、課題提出状況など、ひととおりの説明を受けた後、またまた先生が気になる一言を。

 「ぴょろ君は、学級でもそんなに落ち着きがないようには見えないし、他にもっと注意の必要な子供が何人かいるのでそれから考えると特に目立った問題はなさそうなんですが…いや、お母さんの気のせいではないかと…」

 はいはい、家庭訪問の時と同じご意見ですね、と内心思ったが、そこは私も引きませんでした。

 「あのう、最初から問題がなかったわけではなくて、もっと以前は大変だったんです。早く気がついて私も先生方も療育という点でいろいろ対応してきたからこの程度で済んでいるのかもしれません」

 先生は”そうですかね~?”とあまり納得しないお顔で答えました。

 残念ながら、家庭訪問の時に渡したプリントは役に立つことはなかったようです。まあ、他にも同じような子たちがいるようなら、参考にしてもらえたらいいですね、とだけ言っておきました。

 「お母さんの気のせい」と言ったのは担任の先生だけではありません。ぴょろの体操のコーチからも全く同じ事を言われたことがあります。私が神経質すぎる、みたいな言い方で(体育系の先生って、気合いで何でも解決しようという乗りがありますよね?)「そんなに気にしなくても大丈夫ですよ!」と…。

 周りの先生たちが、ぴょろのいいところを一生懸命評価して下さっているのは本当に感謝にたえません。

 でも、大人たちの方が、少々Optimistic(楽観的)過ぎる気がしています。

 子供たち同士での評価は少し違うようです。ぴょろは幼稚園の頃から、要領の悪さを他の子供たちから指摘されて何度もへこんだことがあるのです。今でも「ボクはみんなのようにはちゃんとできてない」と口にすることがあります。子供たちはある意味、失敗に対しては容赦ないところがあって、大人よりもっと冷静に見ている部分があります。子供たちの目から見ると、やはりぴょろは落ち着きのない、話の聞けない子供、なんだと思います。

 毎日新聞の記事でも指摘されているように、就学の時点で、知能が正常で言葉の発達に遅れがないと、発達障害があっても簡単に見過ごされてしまうのです。実は、知的にも言語的にもはっきりした遅れが見られない、軽度の発達障害の子供たちは潜在的にはかなりの数に上ると思われるのですが、彼らをちゃんと診断でき、なおかつ療育の面でサポートの出来る専門家の数はあまりにも少なく、小学校で見過ごされて、中学になって初めて「おかしい」と気づく例も少なくありません。

 「気のせい」発言の裏には、目立つ問題行動がない、という考えがあるようですが、それも本来注意すべき点が見過ごされている可能性の方が高いと思います。

 私の目から見ると、明らかに問題行動は存在しています。注意力は本当に乏しいので、けがも多いし授業中もぼんやりしていることがあるはずです。集中にはムラがあるし、子供たちとの関わりでもまずい点はまだたくさんあるはずです。親の私の見方の問題?いえいえ、そうではないと思います。だって、私だって発達障害が専門なんだから。

 ぴょろが、学校で目立った事をしないように、精一杯がんばっているんじゃないか?と気づいたのは最近の事です。私が思っていたよりずっと、ぴょろはぴょろ自身をよく分かっていて、そういう自分を周りがどう見ているかということにもとても敏感になっているようです。がんばっている分、傷ついてもいるんだろうなあ、と考えると胸がきゅんとなります。

 ぴょろは、学校での成績は(科目による差は大きいけど)クラスでちょうど真ん中、明るくてよく話す子、というのが今の担任の先生からの評価です。

 でも、だからといって、ADHDの問題が最初からなかったわけでも、なくなったわけでもありません。

 私の気のせい、ではないんですってば…。ただ、見えにくくなっているだけです。これからもう少し大きくなると、また違った評価が違う先生から与えられることになるのでしょう。

 そのたびに、気のせい、と言われながらも言い続けていくしかないんでしょうね。

 
 あまり無駄な議論をしないためにも、ぴょろをK大医学部付属病院で専門医に診てもらうことにしました。今から予約しても2ヶ月待ちになるかもしれないんですけどね。


 

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