思春期を振り返ってみる(3)
昨日の夜中から今朝方にかけて、何度か余震があってあまり寝ていません。
お疲れ気味の私をねぎらってなのか、予定の仕事が全部キャンセルになってしまいました。ほっ。
私の思春期…の続きです。
今振り返ってみると、当時の私は間違いなくADHDっ子でした。注意散漫、早とちり、緊張すると落ち着かない(このあたりは今のぴょろとほぼ共通する)、場が読めない、順番待てない…まあ、怒られ上手、世渡りヘタな性質はこのときにはもうすでにできあがっていたかなと思います。
こもれびさんがおっしゃった「実行機能障害」とはまさに私にもぴったり当てはまる言葉で、親しい友達にとってさえ、私とはちょっと変わっていて、分かりにくい人間だっただろうと思います。それでも中学時代を楽しく過ごせたのは多分、そんな私のことをそのまま受け入れてくれた仲間と先生がいてくれたからなのだろうと、今はそう思います。しかも、今考えると、中学時代の友人には私と似たり寄ったりの人もいて、周囲も「ぼけーっとしてるけどやるときはやるのよねー」と、できることは認めてくれていた(ただし学校での話しで、家はそうではなかった)ことも大きな支えになっていたのでしょう。
ところが、高校で学業・生活態度ともに優秀な人たちに囲まれ、また学校全体が全ての面において少しでも他の人たちを追い越さなければ、といった雰囲気も強かったことで、「ほかの人はできているのに、なぜ私だけできないのか」と考えるようになってしまいました。私と周囲が何か違っていると気付いたまでは良かったのですが、それでもいいと思えなかった事が、一番悔やまれるところです。
「普通になりたい病」が出てきたのも、高校生の頃からです。どうすれば他の人のように普通に振る舞い、人間関係をうまく作っていけるのか、いろいろ試してもうまくいかず、それで自己嫌悪に陥り、さらにうまくいかなくなる…という悪循環でした。今カウンセラーとして同じような悩みに耳を傾けながら、当時の私が同じような支援を受けていたら、もっと自分のことを早く受け入れられていたし、発達障害のことも前向きにとられられたのではないかと思います。
自己概念が育ちにくかったのは、私の場合、自分の中に判断基準を持てなかったことが非常に大きな要因だと思います。それは家庭内の人間関係に基づく問題と(ひとことで言うと過干渉だった)、行動の基準を周囲の「普通の人々」に求めてしまったこととに起因しているのだろうと思います。自閉症スペクトラムにも共通することですが、認知の独自性が与える影響も無視できませんが、決してそれだけではないと思います。なぜなら、今は当時に比べると、他人に左右されずに判断することが難しくなくなっていて、それは今から7,8年前大学院在学中に「自由意思、自己責任尊重」のアメリカ文化の中で否応にも鍛えられて身に付いたものだからです。
こうやって考えてみると、発達障害を抱える人たちそれぞれにとって、過ごしやすい環境と、そうでない環境があるということがよく分かります。誕生の時にすでに持っていたものは変えられなくても、環境が変われば与えられる経験が変わり、そして行き着くところも変わります。環境を整えることは、本当に大切だと感じます。
私は普段このことを説明するときに「経験値」という言葉で、ポケモンをたとえに話すことが多いです。同じ種類の野生のポケモンでも、HPや攻撃力、防御力などは少しずつ違います。そして、レベルが低いときに捕まえて、たくさんバトルをして経験値を増やしたポケモンの方が、育て屋さんに預けたり、レベルが高い状態で捕まえたものよりも強くなるのです。持っている能力の程度が同じでも、そこから何をどれだけ経験するかで、成長後に大きな差が出ます。それは私たちにも全く同じ事が言えます。だからこそ、発達障害の程度や問題の現れ方の個人差が年齢とともに大きくなるのです。
自閉症の水銀説と同様、ADHDもいろんな神経毒(胎児が暴露することにより神経の発達に障害をきたす物質)が関与すると主張する科学者たちがいます。最近は地元の新聞にPCB(ポリ塩化ビニル)と発達障害の関連性について書かれた記事が載っていました(くわしくはこちらを)私は決して否定をするわけではありませんが、仮説の領域を出ていないのにそれが原因の全てであるような言い方は不適切ではないかと思います。もしPCBだけが原因なら、ADHDであった私の祖父はどう説明できるのでしょうか?明治時代の生活スタイルからして、非常に不自然です。むろん、PCBなどの環境ホルモンに近い構造を持つ、毒性の高い天然の物質は存在するかもしれませんが、歴史上の人物の個人史を見る限りは、発達障害はかなり以前から存在していたことは明らかで、原因を一本に絞ろうとすること自体が不可能ではないでしょうか。もちろん、軽度の障害で、典型的でなくどの診断名にも当てはまりにくい症例は増えているかもしれませんが…もし化学物質など単一の原因で起こるのなら、もっとお互いに類似していてもいいはずですが、現実には「スペクトラム」と言わざるを得ないほどその現れ方が多様だからです。賛否両論はありますが、前頭葉の機能障害が実行機能障害となって現れるメカニズムは、決して単純ではないと考えるのが妥当でしょう。
思春期を障害物競技にたとえるなら、自律というゴールまでの間に、いくつか乗り越えなければならないハードルが置かれた状態と言えるでしょう。ハードルの数は多少違っても、大人になるためには避けられない課題であり、飛び越えようがくぐろうが倒そうが、とにかく前に進むしかないというイメージがあります。発達障害があるということは、コース中に置かれるハードルの数自体が増えるか、あるいは高さが高くなるということではないかと思います。だから、思春期の発達障害に対する支援とは、ハードルを越えやすくするということだと考えると、単に本人の力次第であるといえないことが分かっていただけるのではないかと思います。
最後に、今日付西日本新聞からみつけた精神科医のコラムの一部をご紹介します。
「今回のこの法律(発達障害者支援法)がどのように運用されていくのか僕は詳しくはない。大切なことは僕らが彼らを治療し、教育し、社会に適応させていくことでは決してない。僕らが彼らの特殊な「脳のありよう」をいかに理解できるか。彼が暮らしやすいように、社会を「治療し」「教育し」変えていけるかが大切なのだ。「脳のありようの特殊性」を持つ人々にとっての「障害」は、社会のありようの方にあるのだから。」
もう少し、生きやすい社会になっていくことを希望します。
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