軽度発達障害について思うこと(1)
今日はもう書かないつもりでした…あしたぴょろとスペースワールドに行くお約束なので。
でも、どうしてもどうしても、書かねばならないという気持ちが、眠気に勝ってしまいました。
今日の内容はエノキダケさん、Rosamondeさんのトラバに関することです。
今日突然、K市内のある地区の「子どもすこやか相談(育児・発達相談)」を引き受けることになりました。この地区にとっては全く始めての事業で、私も全く始めてのお仕事です。この事業は、毎月1回固定の相談業務と、不定期で1歳半・三歳児健診時に同席して相談を受けるというものです。もちろん、即決即答でした。
私はこれまで主に、精神科医療の現場と中学校で、自閉症スペクトラム、ADHD、LDといった軽度の発達障害を抱える人たちの支援をやってきました。もともとぴょろと配偶者と私…と三人三様の個人歴と問題を理解するために始めたことが、私が思っていた以上に必要だったと分かるのに時間はかかりませんでした。
しかし、同時に、発達障害とは、単に当事者の問題にとどまらず、家族や学校システムや地域全体に関わる、非常に複雑な問題を含んでいることを思い知らされました。そして、心理職はこの問題に対しては、あまり力になれないかもしれない、という危機感も抱いています。
今の自閉症研究のupdateな話題は(海外での話)、「早期発見、早期介入」です。しかも、いかに早く自閉症を発見できるか、というところに、多くの研究者と専門職の興味が集まっているそうです。それはそれで、必要なことなのかもしれませんが…個人的には、それも限界があるだろうと思っています。
子供の行動の標準化など、難しい話はここではしませんが、仮に他の子供より発達が遅れていたり、何か違うと感じても、実際に発達障害かどうかという診断が確定するには、非常に時間がかかります。そして、言語や運動能力などの知能の明らかな遅れがない限り、発見はどんどん遅れてしまいます。それは子供の発達のスピードに個人差が大きいからです。何をもって「定型発達」とするのか、という定義は非常にあいまいです。しかも幼稚園までは、多くが子供の個性として受け止められていて、集団生活が始まる小学校で、それも入学から1,2年経ってみないと分からないということも多いです。
アスペルガーや高機能自閉症ないしは広汎性発達障害で、高い能力を持つ子どもたちは、発見がさらに遅れる傾向があります。それは学校自体がperformance-based(決められたことをどれだけきちんとやれるか)な評価に偏る傾向があるからで、「ちょっと変わったところもあるけど、頭はいいしちゃんとやれる子」だと見られると、特に問題なし、となってしまいます。大人の当事者の方々にお聞きする限りでは、「SOSを出していたけど、”これくらいなら他の子どもたちでもあり得ることだから”と見過ごされてきた」、ということも少なくないようです。
そして、何となく不自由さを抱えながらもそれなりに適応してきた子どもたちは、そのまま中学校へ上がります。中学校でも、それなりにがんばって何とか無事に3年間を過ごした子どもたちは、さらに高校へ行き、大学・専門学校と進学し、やっぱり何とかやっていき、そして卒業を迎えます。彼らの多くは、周囲に必ずと言っていいほど、発達障害のことを知らなくても、本人たちを温かく見守り、個性として受け入れてくれた第三者の存在があり、また社会資源もそれなりに持っていたことが、大きな支えになったのではないかと、私は思っています。
しかし、学生の間までは何とかやってこれた人たちも、社会人になってどこかの時点で、大きな壁に突き当たるように思います。人間関係や仕事が複雑になり、そして非常に悲しいことですが、彼らにとっては非常にストレスフルな環境で、しかも彼らの苦手なことを要求され、それが外部の評価につながるような仕組みの中で、次第に疲労し、頑張りきれなくなって、二次障害を引き起こす例が、とても多い気がします。不安障害やうつ病などの精神疾患の治療目的で病院を受診し、そこで発達障害が発見されるパターンは、これからもっと増えていくかもしれません。
理解者や社会資源に乏しいケースは、多くは小学校高学年くらいから不登校などの問題が次第に出始めます。そこで発達障害が発見される例は、残念ながら決して多くありません。中学校でも、スクールカウンセラーや学校の教師がよほど詳しくない限りはなかなか見つかりません。軽度であればあるほど、疑わしいと感じて保護者へアプローチしても、病院に受診してもらえることがほとんどなく、結局未介入のまま高校へ、ということも多いのです。
個人的には、児童期までに発達障害を発見・介入しやすい時期はいくつかあると思っています。3歳前後、6歳前後、そして小学5、6年です。大きくなればなるほど、何か問題が起きない限りは、発見は難しいと思います。
どんな方法で発見し、どう介入するかは、年齢や発達段階により当然違っていなければならないと思います。早くても、多少遅くても、その年齢で見つかるということは、それぞれに意味があり、そして目標とするところが変わってくるはずです。
別記事で続けます。
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Comments
はじめまして。読ませていただきました。あたしは大学生の頃鬱の診断を受け、精神科に通っていました。
就職をしその中で仕事内容や人間関係のつまづきがあり鬱が悪化しました。
そのころ偶然片付けの本だと勘違いして買ったのがADHDに関しての本でした。自分に当てはまることが沢山あり急遽医師に診断を求めました。しかし最初は発達障害専門の病院ではなかったので鬱の治療のみでした。一年後やっと地元の保険士さんのおかげで病院がみつかりました。
診察結果はPDDNOSでした。
ブログに書かれていることも凄く納得できますし」、あたし自身御世話になっている専門家の皆さんの大変さも考えなきゃと思いました。またきますね☆
Posted by: 羅美姫 | 2008.04.22 at 05:06 PM