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愛することを学ぶために

 最近は、体調がいいときと悪いときが交互にやってきます。
気分が落ち込むと、以前ならしばらく立ち直りに時間がかかっていましたが、今は比較的短時間で落ち着くようになりました。

 それでも、悪夢を見たりタイムスリップするのはあまり変わりません。PTSDのB症状(侵入的再体験)は結構きついものがあります。

 年齢的なものなのか、あるいは本当に人生の分岐点に来ているからなのか、この数日、これからどう生きていけばいいのか、何を目ざしていけばいいのか、悩んでいます。

 私はあまり、哲学的な思考はできませんし、宗教といっても、それほど熱心なクリスチャンというわけでもないので、人生の目的や意味について深く考えているわけではありません。

 でも、そんなこの世にどっぷりつかっている私でも、時々は自分の歩いてきた道を振り返り、いままでのできごとにどのような意味があって、そこから何を学ばなければならないのか、考えることがあります。

 生まれてからこころが傷つく体験を全くしていない人はいないと思います。身近な家族であっても、傷つけ合うこともあるし、100%理想の人間関係というのはありえないといいます。

 不完全ながらでも、互いに分かり合おうとする関係、それが私が今一番望んでいて、なかなか手に入らないものです。

 母親と配偶者という、2人の対応が難しい人が身近にいると、言葉や態度の一つ一つが、相手を傷つけたり怒らせてしまわないかと神経を使う毎日です。しかも、相手は、感情のコントロールが最も難しい人たちなので、これまでに何度かは、命の危険を伴うような行為に及んだこともあったわけです。嫌いにはなれないけど、好きにもなれない、近寄りたいけど近寄れない関係といったところです。

 前の日の夜にひどく傷つくようなことをされても、翌日には何もなかったかのように朝を迎えるのが、私にとっては一番苦痛でした。相手は過去の事は覚えていないか、あるいはそのことに触れることを避け、私にも忘れるように要求するのですが、私の記憶からはなかなか消えていかず、とても苦しかったことを、今でも思い出すことがあります。

 このところ、悪夢を見て目が覚めた朝に、こころが深く傷ついているんだな、と感じます。ちゃんと癒してあげたいと思うのですが、どうすれば、というのはまだはっきりとした方法は分かりません。もちろん、EMDRは強力な助っ人ですが、それだけで十分とも言えません。

 彼らの育った背景や性格的な特徴や、抱えている問題を理解することはでき、許すこともできるのですが、愛情と尊敬の気持ちを持ちつづけることは大変に難しいと感じています。

 それでも彼らが私の最も身近にいることで、私は人を愛することの大切さを学ばなければならないのだろう、と思うようになりました。

 「パルモア病院日記」の三宅先生が、家族の死を次々と看取ったことで生きることの厳しさと命の大切さを学んだように、そして、非常に重い病にある人が、今生きていることの大切さを学んだように、私もまた、最も愛情の届きにくい人と関わることで、無償の愛を持つことの難しさと大切さを学んでいるような気がします。

 最も大切なことは、最も厳しい環境の中でしか学べないのかもしれません。

 しかしそこから学んだことを生かす機会が、近いうちに必ずやって来ると思います。

 無償の愛とは、ただ相手を盲目的に受け入れるということではありません。その人が望むことではなく必要としていることを行うことだという人もいます。元師匠は私に、人を愛するとき、まずその人の幸せを願うだろうね、と言ってくれました。

 いろんな人の言葉を思い出しながら、私は彼らのためにならないことをしないようにしようと決めました。

 自分を痛めつけてまで、無理をして相手の望むものを与えようとするのはやめて、少し離れた場所から、必要な励ましと、感謝の気持ちを伝え、少しでも彼らが生きやすくなるように祈ることが、もしかしたら今自分なりにできる愛し方なのかもしれない、と思います。

 それはこれから出会う人たちをどう援助していけばいいのか、一つの試金石になるとも言えるでしょう。

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Comments

子どもを持ってから無償で愛することを学んでいる気がします。子どもが熱を出すと、特に!!
でも、漠然と孤独感を感じることもあります。知らず知らずのうちに人に気を遣いすぎて、疲れてしまい、自分から壁を作ってしまい、気付いたら周囲から微妙に浮いている時など。これってADHDの特徴?それともたんにコミュニケーション力が無いのでしょうか?他人に対しても家族に対しても、無償で愛することが、自然にできたらいいなぁと思うのですが、意識次第で可能なんでしょうか?sanaさんはどう思いますか?

Posted by: ヨン様大好き | 2005.03.05 at 06:43 PM

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