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The most difficult cases(最も難しい人たち)

 さて、S先生との会話の続きの紹介です。
話はPTSDから、S先生のうつの話へと移ります。

 S先生がうつ状態になってしまった原因の1つは、対応が難しい患者さんを抱え込みすぎたから、なのだそうです。

 そしてその「難しい患者さん」は、私が病院でお会いしている方にもおられ、さらに互いの身内にも同じような特徴を持つ人物がいるというのです。

 彼らの特徴をひとことで言うなら、
  ①言葉や態度が、その時の状況に応じてコロコロと変わる。穏やかでニコニコしていても数時間~数日後に突然機嫌が悪くなり、相手を痛烈に批判したり攻撃する。(私はこの現象を「地雷を踏む」と呼んでいます)
  ②「見捨てないで」とすがりつくかと思うと、突然開き直り人間関係を冷酷に切り捨てる行動にでる。
  ③自分自身が傷つけられたことは詳細に覚えているが、相手を傷つける言動をしたことを全く覚えていない。また、たとえ記憶にあっても相手からそのことを指摘されると全く認めようとしない。
  ④優越感と劣等感の間を揺れ動く、もろくて不安定な自己イメージを持ち、周囲の言動に常に敏感である。また、他人の態度を自分への攻撃ととらえやすい。常に他罰的で、相手の欠点や弱点はすぐに目につくが自分の欠点や弱さに向き合うことができない。
  ⑤自分の考えに合わないものを受け入れることができない。そして他人との関わりで様々な矛盾や葛藤が起こると、それを相手に鏡のように映し出し、相手の問題として処理しようとする。

 このような特徴は人格障害を持つ人に見られると想像できそうですが、決してそうとは限りません。S先生や私が病院でお会いする人たちは、必ずしも人格障害ではない、非常にややこしい問題を抱えている人たちなのです。その問題とは、子供時代の虐待や発達障害、統合失調症と実に様々ですが、私たちが熱心に援助しようとすればするほど、acting out(行動化)するので、ついには援助者が燃え尽きてしまうか、そうでなければ最悪の形で他の病院へ転院する結果となります。

 私は自分の身内(配偶者と母親)を何とか理解しようとする過程で、このような「難しい人たち」が持っている共通点に気がついたのです。

 それは、「問題が何かということではなく、周囲にどう扱われてきたかが最も影響している」ということです。

 まず、彼らは何らかの理由で、基本的な安全感や安心感に乏しく、不安・緊張が常に高いです。発達心理学系の学会に行くと必ず出てくる「母子関係」の影響は大きいですが、これが安定してないと安全感や安心感が絶対に持てないと言うことはありません。ただ、何にせよ、人生の非常に早い時期に、これらの感情の発達を妨げるものが存在し、適切な対応がなされないままになっていたということです。

 虐待のように矛盾した子育てでは、当然子供が安全感や安心感を持つことは困難です。また、発達障害は刺激の処理方法が独特であるため、やはり安全感や安心感を持ちにくいですが、それでも環境と人間関係が安定したものであれば、安全感・安心感をはぐくむことは十分にできるのです。

 私がいろいろな背景を持つ「難しい患者さん」と接していて分かったのは、彼らがいわゆる「心理的ネグレクト」の状態にあったのではないかということでした。私の配偶者や母親もそうですが、食べ物や物質的な援助は十分でも心の発達に必要な栄養分が不十分であったように感じるのです。言葉や身体的接触などを介しての心のコミュニケーションの絶対量が少なく、必要なときに必要なものを得られなかったのではないかと思います。

 こころの栄養分が足りなくなると、人は相手の最もいやがる事をやってみせることで、関心を得ようとします。「心理的飢餓状態」では、無視されるより嫌われる方がラクなのです。本当に欲しいもの(愛情)ではなくても、とりあえずこころの空腹感を満たそうとします。これを繰り返していると、本当に望んでいる愛情やよい関心が他人から向けられても、それを素直に受け入れることができなくなってしまいます。ここで安全感や安心感が育っていないと、相手の言動に著しく影響され、自分を保つことができなくなります。そして、人間に対する信頼感が育たないだけでなく、自我がもろく、傷つきやすくなるのではないかと考えています。

 そしてさらに、彼らは過去に力で抑え込まれた体験を持っています。彼らの多くはいじめを受けた体験があり、さらに周囲に非常に権力的な人物がいることが多いです。ある広汎性発達障害の患者さんの父親は、成績がすべてという人で、テストの点が悪いとすごい剣幕で怒りとばし、弁解を全く許さなかったそうです。まったくいわれのない事で体罰を受け、トラウマになった人もいます。そのような体験により、彼らは人間に対し、強い恐怖と敵意の両方を持つに至ったのではないかと私は考えています。もちろん、そのような体験があっても、体験後に適切な対応がなされ立ち直っていく人たちはたくさんいます。しかし彼らはその時もさらに「ネグレクト」にあい、よりどころになるものを持つことができなかったのではないかと思います。

 基本的な安全感・安心感がなく、脆く傷つきやすい自己を抱え、そして十分なよりどころを持たないままトラウマを体験した彼らの中には、自己否定感に基づいた根強い劣等感が育っていき、その代償として、ちょうど振り子が左右に振れるように、あまり現実的でない優越感を抱くに至り、その2つの間を行ったり来たりしているのではないかと思います。難しい患者さんの中には、双極性気分障害(そううつ病)を持っている人もいるのですが、その気分の移り変わりはあまりにも激しく、うつ状態の時には自分の価値をとことん否定したかと思うと、躁転して全世界を支配するとまで言い放つ人もいます。自分も他人も受け入れないというのは、彼らの自己防衛手段であるとも考えられます。

 S先生は、彼らは非常にプライドが高く、自分の力以上のことをしようとする反面、批判に弱く、自分の限界が分からないし他人の実力を認めることができないのではないか、と言っていました。だから、言葉で言うことと態度がまるで違うことがあって、どっちを信じればいいのか分からなくなる、と話していました。入院している患者さんで、S先生の言ったことをちゃんと守ります、と言ってまだ舌が乾かないうちに、ルールを破り強制退院になった人が、他の病院で自分がやったことは全く言わずに、病院が勝手に退院させたと言いふらし、対応に困ったことが何度もあったのよね、とため息混じりに話していたのでとても気の毒に思いました。私も似たようなことを何度か経験していて、他人事ではないのですが…。

 以前は私も彼らの言動に振り回され、混乱し、燃え尽きてしまったこともありました。しかしもういちど冷静に見ていくと、彼らが私たちにつきつけてくる矛盾だらけの言動には、

 「こんなに傷ついている私たちを愛して支えて欲しい」

 という、声なきメッセージが含まれているのではないかと思うようになりました。

 だからといって、彼らは、彼らがこころから望むものを素直には受け取らないだろうし、受け入れてくれそうな人には容赦なく悪意や敵意をぶつけてくるので、彼らが望むものを与えればそれで解決する訳ではないということも、十分に分かっているのです。

 「時々白旗をあげながら、決して1人で抱え込んでしまわないように、そして相手に注いだ愛情やケアがすぐに望ましい結果につながらなくても、お互い自分を責めたり無力感を感じないようにしましょう」とS先生と約束をして電話を切りました。

 最も難しい人たちをケアするためには、時には相当な覚悟と毅然とした態度が必要です。


 S先生も私も、もう少し年をとったら、子供たちのこころのケアを専門にしようね、と言っています。大人になればなるほど、一端身に付いた習癖を変えるのは難しく、特にこのような特徴を持つ人たちには私たちの声は大変届きにくく、両方とも傷ついてなお泥沼から抜けられないことは少なくなく、彼らとつきあえるだけのこころのエネルギーを持ち続ける自信がなくなったら手を引こう、と話しています。

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軽度発達障害支援が目指すもの

 S先生とのお話の続きを書こうとしていたら、急にカウンセリングに行っている中学校から電話があり、ある先生と時間を作って話し合いをすることになりました。

 電話をかけてきたのはI先生で、担任のY先生が困っているようなので、相談に乗って欲しい、という内容でした。

 学校で2時間ほど話したあと、今度は保護者から急遽相談したいという連絡があり、それからまた1時間面接をしてから、学校を後にしました。予定外の勤務で、その上スクールカウンセラーの勤務時間は年間280時間と決まっているので、全くの無報酬です。でも必要であれば、いつでも学校に顔を出すようにしています。

 それほど数は多くありませんが、やはり軽度の発達障害を持つ可能性がある子どもたちは1学年に数名ずついて、そのうち何人かは長期の不登校状態にあり、なかなか連絡もとれない状況です。また、登校は問題なくできていても、クラスの人間関係でトラブルが起きたり、学習面での支援が必要だったりと、1人1人が抱える問題も、彼らをとりまく環境も全然違います。時間をかけて丁寧に対応しようと思ったら、週1日8時間の勤務ではとうてい足りないのです。

 ADHD、LD、PDD(広汎性発達障害)、自閉症スペクトラム障害…と軽度発達障害といっても様々ですし、前回触れたように、これらの特徴を少しずつ持っている人たちも多いので、結局支援の理想は個々の状況に合わせたテーラーメードなもの、ということになるのでしょう。

 しかし、発達障害支援法が制定され、発達障害支援センターが少しずつ整備されても、それでも支援の手が届かない子どもたちが出てくることは容易に想像でき、そういう子どもたちをどうするかという問題は最後まで残るだろうと思っています。

 学校で仕事をする上で、今一番心が痛むのは、保護者への対応が中途半端になってしまっていることです。担任の先生と相談し、やはり保護者に一度お会いした方がいいだろうと判断した場合、担任の先生を通じて保護者に都合のよい日時に学校へ来て頂くように連絡をするのですが、仕事などの事情で学校へは来られないとお断りされることもあるし、来られて話を聞けても時間的に限られているので、子供の家庭での様子を伺い、さらに保護者が不安に思っていることを聞くだけで精一杯なのです。

 そうして、一応相手の話を聞いた上で発達障害の事を説明し、可能性として否定できないので、一度専門医の診察を受けるように勧めてはみるのですが…勧めに応じて診察を受けに行ったのは昨年はわずか1人だけでした。

 欠席が年間3分の1以上の長期不登校の子供たちについては、保護者とできるだけお会いできるようにと働きかけてみるのですが、家庭訪問すらお断りされる場合が多いです。そこで、せめて外部の相談窓口(青少年センターや適用指導教室、精神保健福祉センターなど)につなぐ手段もあれこれと試してみましたが、反応は鈍く結局保護者が動かなければ何も始まらないという状況が続いています。

 このように、軽度発達障害について保護者の理解や協力が得られないと、子どもたちはそのままの状態で中学を卒業していきます。高等学校では何とか適応できる子供と、進学後も引き続き不登校を続ける子供と、それぞれ状況により分かれていきますが、もともと抱える行きにくさの問題はそのまま持ち越されて大人になっていき、年齢が上がれば上がるほど支援が手薄になり、本当に必要な時に必要な援助が受けられなくなっているのが現状ではないかと思います。そしてうつなどの気分障害が出てきたり、問題が複雑化したあとにようやく発達障害の存在が明らかになることの多い今の状況では、発達障害以外の様々な問題への総合的な介入が必要となるため、単なる発達障害支援という枠組みではとうてい抱えきれなくなる可能性が高いです。

 ADHDの当事者としての個人的な意見ですが、障害があっても社会と何とかうまくやっていく道を探すことが支援の目的になれないかもしれないと思います。私がどんなに注意してもがんばってみても、結局不自由さも問題もなくなることはなく、結局社会への適応も十分にはできているわけではないのです。残念ではありますが、やはり発達障害があるということが受け入れられない場合が少なくないわけで、障害をいいわけとしか受け止められていないと感じてしまうような事も日常的に起こっているのです。

 だから支援する立場でなく、当事者としての立場から言うなら、支援とは結局は、それぞれ障害の程度も問題の中身も異なる人たちが、少しは安心し落ち着いていられる居場所を見つけられるように、そしていろいろあってもそれでも少しは自分を好きでいられて、ささやかでも日常生活で何らかの役割を持てるように助けることなのではないかと思っています。

 生活習慣病などもそうですが、基本的に発達障害の支援とは、早期発見、早期介入が理想です。乳幼児健診や育児相談などを充実させ、スクリーニング機能を強化することももちろん必要でしょう。しかし発見されても、そこから保護者が子供の障害を受け入れるまでには長い道のりがあり、さらに発達段階に応じた支援となると、日常生活機能、学習、そして職業支援と実に広範囲で、多業種の連携なしでは達成できるものではありません。

 発達障害が軽度であれば当然発見は遅れるし、発見できても周囲の理解や協力が得られないなら、当然支援の手が届くのはかなり遅くなって(あるいは全く届かないままになって)しまうかもしれません。法制度の谷間に追いやられる人たちが当然出てくるでしょう。軽度の発達障害を持つ子どもたちは2度の大きな壁にぶつかると私は常に感じています。その一つが思春期であり、もう一つが成人前期、つまり学校を卒業し、就職を迎える時です。前者はどうにか乗り越えられる人は多いですが、後者をどうしても乗り越えられず行き場のない人たちはたくさんいます。

 法律自体は簡潔なものになっても、その行間には「やるべきこと」が山のようにあると思います。成人した発達障害の当事者の受け皿作りもその一つではないかと思います。

 成人の支援については、別枠で書きたいと思います。

 

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ADHD、アスペルガー、そしてPTSD

 S先生との会話で、もう一つ盛り上がったのが、アスペルガーとADHDの関係がどうなのか、ということでした。

 このブログでこの2つの関係については、以前にも記事で触れたことがあります。

 ちょうどよいさじ加減 http://sana0329.cocolog-nifty.com/silent_voices/2004/10/post_10.html

 アスペルガー症候群とADHDは、問題の多くが共通していて、全く異なる2つの発達障害として扱うのがとても難しいです。S先生は、純粋にADHDだけ、という人はそれほど多くなく、ADHDが優位だけどベースにアスペルガーの特徴を持っている人が多いのではないかと話していました。

 つまり、アスペルガーを白、ADHDを黒とするなら、大多数はグレーの領域のどこかにいるというのです。明るさのグラデーションにたとえるなら、アスペルガーの特徴のより強い人は、白に近いグレーであり、ADHDの特徴が強い人は黒に近いグレーになる、でも、純粋に白か黒かに分かれることはおそらくあまりないであろう、とS先生は言います。

 配偶者はADHDの特徴もあるけれど、明らかにアスペルガー優位であり、私とぴょろはADHD優位だけど、アスペルガーの特徴も多少持っているだろうと言われました。

 理論上は、大脳皮質前頭葉の機能の不具合という視点では、両方の特徴を少しずつ持っているというのは十分にあり得ることなのです。ただ、不具合の起きている場所や程度により、起きる行動上の問題が少しずつ違っているだけだと考えると、すとんと落ちるところがあります。

 だけど、こういうグレーゾーンにいる人たちの医学的な診断は、アスペルガー症候群の診断基準を満たさないし、ADHDの診断基準も完全には満たさない、結果的には非定形広汎性発達障害(PDDNOS)のカテゴリーに入ることになるのでしょう。

 S先生も私も、診断名よりは、両方の特徴をどのくらい持っているのか、どちらが優位に表に出てきているのかで対応した方が現実的ではないか、と考えています。どちらが優位かで、対処法が違ってくるからです。

 S先生は、「私も土台にアスペルガーが多分あるだろうね」と話した上で、私にこう言いました。

 「アスペルガーが土台にあるADHDの人は、トラウマを受けやすいんだよ」

 ああ、やっぱりね…と思いながら聞いていると、さらに彼は続けて言いました。

 「Sanaさんも私も、患者さんの心情が手に取るように分かるときがあるでしょ?それで相手のトラウマも一緒に引き受けてしまってしんどくなるんだよね。(代理受傷のこと)」

 なんでそんなことまで分かるんだろう、と不思議に思っていると、

 「私たちのような人は、相手のいいものも悪いものも全部まともに受けてしまうから、それだけ傷つきやすいのよね。だからこの仕事をしていると燃え尽きやすいから注意したほうがいいよ」

 ぴょろも私と同じ傾向があるから、その辺のケアはしっかりやってあげてね、とS先生は最後に言ってくださいました。

 ADHDにアスペルガーの特徴が加わると、刺激への感受性が高まるだけでなくて、処理システムがうまく機能しなくなるから、その分トラウマになりやすいのかもしれません(あくまでも仮説だけど)。私のこれまでの歴史を振り返ってみて、PTSDの症状の程度と外傷体験の関連性を考えると、確かにPTSDになりやすいところがあるだろうと思います。だからひどくならない前に、早めにトラウマへの対応をすることが、自分を守るためにも必要なんだということがよく分かりました。

 そして、ADHD優位だけどアスペルガー傾向もある人のケアを考えるときに、過去の何らかのトラウマが及ぼしている影響をきちんと考えた上でカウンセリングなどを進めていくことが大切だと思いました。


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相性があうのよね

 S先生との会話のなかで、一番印象に残った言葉は、

 「Sanaさんは、アスペルガーの人だと落ち着くでしょ?」

 S先生の話では、私が今の配偶者を選んだのもわかる、というのです。S先生の配偶者も、アスペルガー傾向なんだそうです。

 「私は配偶者とのやりとりで結構大変な目にあってるんですけどねー」、と言うと、S先生は「それでもアスペルガーの人とは相性があうのよね」

 確かに、以前から私はどこにいっても自閉症スペクトラムの方に出会う機会が多いなあ、と思っていました。ある先生からは、「Sanaさんは、あなたと似たような人を引き寄せているようなところがあるよね」と言われたことがありました。アスペルガー傾向のある患者さんからも、私がいると安心感があるんだという感想を何度か聞いたことがあり、配偶者も私がいるということが、すごく安心なんだと言われています。(私はそうじゃないんだけど…)

 どうやら、S先生も私も、ASDの人にとっては、安心を与える存在になりやすい性質があるらしいです。だから多分、これからもそういう人たちとたくさん出会うだろうね、と言われました。

 自閉症スペクトラム障害(ASD)の人は環境の影響を非常に受けやすいので、大切に育てられたASDの人はやはり他人を大切にできるようになるのだそうです。「だからSanaさんは、大切に育てられたアスペルガーの人をパートナーにすると、すごく幸せな結婚生活が送れるよ」とアドバイスをもらいました。

 S先生の話では、ASDの人が抱える問題が様々なのは、障害そのものの複雑性だけでなく、環境の影響が大きいからだということでした。だから、正常発達児以上に養育環境が大事なんだそうです。いろんな人が関わり、障害について理解することは、環境を整える意味でも大切なことだと話しておられました。

 子供から成人まで、様々な程度の発達障害を持つ人たちとの出会いの中で、私が一番強く感じているのは、当事者だけでなく、家族全体への支援を、生まれてから年をとるまでの長いスパンの中で連続して行っていく必要がある、ということで、その中で臨床心理士が関わることのできる部分は、当事者のこころの問題だけでなく、発達と共に変化していく親子の関係や、周囲との人間関係の調整や、進学・就職といった人生の転機をよりスムーズに通過できるように援助していくことなのではないかと思っています。

 S先生に言われたように、やはりASDとの相性があうのなら、今後はそれを生かして何かできないものかと考えています。

 
 それにしても、私の師匠もよく考えてみるとアスペ傾向があり、元師匠のM先生はADHDなので…まさにS先生の言うとおりだなあ、と関心しきりです。プライベートでも何となく希望が持てて、未来がすこしだけ明るくなった気がします。

 
 

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ADHDとうつ

 お休み宣言をしてしばらくは、後期試験の採点や追試で忙しくしていました。(全然休みになっていない?)

 昨日の夕方、EMDR仲間であるS先生と久しぶりに電話で話をする機会がありました。S先生は精神科医で、PTSDの分野では結構有名な先生なのですが、S先生曰く、私とは波長がかなり似ているということらしく、学会などでお会いするたびに私のことを気にかけて下さっていました。

 S先生自身もADHDの持ち主だそうで、昨日は途中からその話で盛り上がってしまいました。

 S先生は今体調を壊してしばらく仕事を休んでおられ、私がどうしたんですか?と尋ねると、「うつなのよね」とさらりと返してきました。

 「ADHDの人がうつになると、考えがますますまとまらなくなって、じっと休んでいられないんだよねー」

 今の私もまったく同じです。おかしな事に、身体はあまり言うことを聞いてくれないのに、頭だけがどんどんと先にいってしまうような感じがあります。しかもいろんな考えがどーっと出てきて収集がつかなくて、混乱状態になったこともありました。うつなのに、頭につられて身体が動いてしまうという変な現象も出てきます。うつになると、今まで以上に一つのことに集中できなくなって、あれもこれも手を付けて最後まで終わらないという問題がさらに大きくなってしまいます。それで他人に迷惑をかけて余計に落ち込むことになるんだけど。

 S先生から、ADHDの人のうつ症状は出方が全然違うということと、SSRIはあまり効果がないという事を教えてもらいました。(こういう状態の時は、三環系抗うつ剤がいいそうです)

 私のような人はたくさんいるので、これからもっと自分自身の経験と、臨床経験を生かせる場が出てくるんじゃないかなあ、とS先生から励ましの言葉をもらいました。いろいろ迷っていた時に彼と話せたことで、私自身も少し安心したし、これからの臨床の方向性がはっきり見えた気がしました。

 それで、やっぱり考えが多少まとまらなくても、ブログは続けた方がいいなあ、と言う結論に達しました。お休みは取り消しです。


 S先生とのやりとりで私が理解したり感じたことを、これから少しずつ記事にしていこうと思います。

 

 

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お休みのお知らせ

 このブログをごらん下さっている皆様へ

 ブログの更新がしばらく途絶えていましたが、その間に私の家庭にいろんな問題が起きまして、今はちょっと危機的な状況にあります。

 配偶者との問題、としか言えませんが、今回は私も結構精神的なダメージを受けました。

 残念ながら、関西への移住は先送りとなり、次の見通しを立てられない状態です。

 あと1年で大学院が終わる予定なので、その時に何とか学位を取り、なるべく早く生活を安定させるためには、今抱えている論文を全部専門誌に投稿し(これはレフリー付きという条件がある)、さらに今途中で中断している研究を今年の夏くらいまでに終えて、すぐに学位論文の作成に入らなければなりません。

 やるべき事は分かっているのですが、今はまだ気持ちの整理がつかず、頭の中が多少混乱状態にあります。

 そういうわけで、今よりもう少し落ち着くまでの間、2週間ほどブログの更新をお休みさせていただきます。3月に入る頃には生活もこころの状態も今よりもう少し落ち着くことができて、気持ちを新たにがんばれるといいなと思います。

 ついでにあと3本、論文も仕上がっているとなおいいですね。(あくまでも希望)

 皆様とは、しばらくご無沙汰となりますが、ご了承下さい。ブログの更新はしませんが、みなさまのブログにはちょくちょく遊びにいくつもりです。休憩…はできませんがココロの充電はしたいと思います。


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まずは仲間作りから

 皆さんにお知らせがあるのですが、その前に、「今わたしたちにできること」でコメントいただいたkanapoohさんのご質問にお答えしたいと思います。

 昨日、理学療法・作業療法の専門学校の試験が終わりました。私は臨床心理学と発達心理学の2つを教えたのですが、今回の発達心理学は、レポート50%、試験50%で評価をしました。

 そのレポートは、「私の人生設計」というテーマで書いてもらいました。

 全部で80人分のレポートを読むのは大変な作業でしたが、私が教えている学校では、小児対象の作業療法士を、最初からでなくても、途中からでも希望している人は4分の1もいました。もちろん、最初は精神科などで経験を積んでから途中で仕事を変わりたい、という人も結構いたので、最初から小児の作業療法を目指している人の数はそれほど多くありませんでした。それでも、数人は非常に具体的なビジョンを持っていて、とても感心させられました。

 kanapoohさんのコメントにもあったように、確かに小児への作業療法というのは、あまり認知度が高くなく、しかも求人も精神科や老人介護の分野に比べるとかなり少ないのが現状です。しかし、今後発達障害支援法や、その他にも子供のケアに関する法律がもう少し整備されてくると、本来は間違いなくニーズはあるので、それに少しは求人のほうも追いついてくるんじゃないかと思います。

 子供のケアについては、今は医師が足りないというだけでなく、子供の医療に携わるスタッフ全体が足りないといってもいいと思います。子供は非常に細やかな対応と専門的な知識や経験が必要で、その割には報酬自体は少ないのです。だから、やる気があってもなかなか思うような仕事に就けなかったり、仕事があっても1人あたりにかかる負担が大人の場合に比べて大きく、体力や家庭の問題などで、長く続けるのが難しいのです。

 そのような状態がすぐには変わらなくても、子どもたちが成長し大人になった時を考えるなら、ケアの手を緩めるわけにはいかないし、家族やすぐ身近にいる人たちに重い負担を強いるようなことがあってはならないと考えます。

 それでは、今の厳しい現状で、子供の作業療法について理解を深め、職域を開拓していくためにはどうすればいいのでしょうか?

 その鍵は、「仲間作り」にあります。

 作業療法士だけで、小グループの勉強会を作り、そこで専門的な知識をさらに養うという手段もありますが、その他には、地元に必ず発達障害の親の会や、医師・臨床心理士などが中心になっての研究会があると思います。一年に何度かは、講演会やオープンの研修会が行われているはずなので、機会をとらえて出来るだけそういった会に積極的に参加するという方法もあると思います。特に、他業種で構成されている研究会では、作業療法の役割や重要性について、いろんな専門家に知ってもらう格好の機会ですから、その時には積極的にいろんな人とのつながりを作っておいて、次のステップにつなげていくようにすれば、就職の可能性も段々と広がってくると思います。

 私は最近、こういう仲間や人とのつながりを大切にすることで、何度も助けられた経験があります。できるだけ、志を同じくする仲間と出会えるチャンスを作り、出会った人を大切にしていただきたいと思います。その中から必ず、将来やるべき事や、進路の方向性について、何らかのヒントを与えてくれる出会いが待っていると思います。

 今すぐに環境が整わなくても、あきらめる必要はありません。なぜなら、必要としている子どもたちはたくさんいて、今はまだ、十分なサービスが受けられていない状態なのです。子どもたちと作業療法士をつなぐには、間に多くの人たちのつながりが必要かもしれないというだけで、これから可能性のある分野であることは間違いないです。

 北欧のある国では、「子供にお金を使わない国は滅びる」と言われているそうです。お金というよりも、子供に感心を持てなくなり、子どもたちが本来受けるべき福祉サービスが受けられないというのは、子どもたちにとって不幸なだけでなく、本当は社会全体にとっても悲しむべきことなのです。私たちは、それぞれの領域で、それぞれの役割を受けて、それをこなしていくだけです。やりたいことがすぐにかなえられなくても、絶対にあきらめないで欲しいと思います。それは、これから子供の福祉に関わろうとする全ての人たちに、私からぜひお願いしたいことなのです。

 私もまた、子供のこころのケアをしていく上では、様々な制約や壁があることを実感しています。しかし子どもたちの10年、20年先にどうなっていくかという長期的な展望と、目の前の問題と両方を考えながら、結果はすぐには出ないけどいつかは必ず出ると思い直すことにしています。今は、状況は結構厳しいですが、同じ方向を目指して協力できる仲間を持てたことで、今後もいろんな問題を乗り切っていけるだろうと思っています。

 
 

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試練が来るからこれでいい

 最近、配偶者が揺れております。

 気分も言うことも、コロコロとよく変わります。

 関西に移りたいという希望もその理由も伝え、部屋を探すことにも一旦は賛成していたはずの配偶者は、まだ舌が十分に乾かないうちに、「賛成なんかしてない」と言うし、さらに脅しともとれるような事を言ったりもします。

 今回が初めてではないので…あ、きたきた、という感じです。

 さっきも、口では「あなたに任すよ」といいながら、「自分で(お金のことも含めて)何とかして」と冷たく突き放す。

 何だか、駆け引きしているのか、あるいは私の本心を探っているのかとも思えます。

 以前にアメリカの大学院に行きたい、と言ったときも、似たようなことがありました。

 すごい嫌がらせをされて、その時は絶対に許さないとまで言われましたが、急にころっと変わって「協力するから」と言ったので、すかさず入学の手続きを取り何とか希望はかないました。

 何か大きな変化が起こる前には、大体何かの形で試練があるようです。

 その時も、気持ちは辛かったけど、自分の意見は曲げませんでした。その結果、今があるのです。

 家族のことを考えると、必ずしも無理強いする気持ちはありません。どうしても無理なら、その時は次にどうすればいいのか考えると思います。

 どちらかをあきらめるというのではなく、家族も自分も大切に出来る方法が必ずあると思っています。何かをやろうとすると試練が来るのは、本人の成長のためだけでなく、乗り越えた先にご褒美がついてくる、とどこかで聞いたことがあります。

 私には、はっきりした目標も夢もあります。

 それを実現するプロセスは時々変わるかもしれないけれど、今はもう少し、自分の意思を貫いてみようかと思います。

 今度のことで、私は配偶者のことを、本当に気の毒な人だと思いました。

 電話で話すのを黙って聞いていたら、近寄られるのも離れられるのも怖がっている、配偶者の姿が想像できました。本当はココロのどこかで自分を嫌っていて、他人も心底信頼できるわけでもない、それでも必死で「いい人」をやって、いつ周囲に見破られるかとびくびくしながら、自分と向き合い弱さを受け入れることをとことん避けている、そんな配偶者の様子が浮かんできました。

 そんなに苦しいなら、自由にしていいんだよ、と今度言ってあげようと思います。

 責めるつもりはなく、許してあげたいと思います。

 ぴょろとよく相談し、配偶者の意見も採り入れた上で、最善の選択をしていこうと思います。


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勇気をくれた人たち

 私が今回、関西移住を決めたきっかけになったのは、大学である講義のために選んだビデオでした。

 そのビデオとは、NHKのプロジェクトXで放映された、ある小児科医の生き方を紹介したもので、原作は、

パルモア病院日記―三宅廉と二万人の赤ん坊たち

 
 そのビデオを見た頃は、これからいったいどうすればいいのか、先が見えなくて落ち込んでいました。やりたいことが思うようにできず、しまいには何がやりたいのかもよく分からなくなっていました。

 研究も、本当にやりたいことでなく、学位を取るために手を付けやすいところから始めたという感じで、以前のようなやる気が持てなくて、しなければならないのに気持ちがついて行かない焦りがありました。

 臨床心理の世界も、いろんな考え方の人がいて、いろんな技法があって、時には私の考えと合わないと思っても、できるだけ波風を立てないように、うまくやっていくために、大分神経をすり減らしていました。

 そんなときに、このビデオを授業で見て衝撃を受け、学生さんの手前、泣くわけにもいかないので、涙をこらえるので精一杯でした。

 私も未熟児で、1ヶ月近く早く生まれました。三宅先生のような先生がおられなければ、私の命もなかったかもしれません。私はその時に、私の命は、天から与えられたものなんだと、実感しました。

 でも私が感動したのは、それだけではありませんでした。

 ビデオだけでなく本を読んでみると、三宅先生が子供が好きで好きでたまらなかったその思いが伝わってくるような気がしました。

 大好きな赤ちゃんがやっと生まれてこられたのに、何のケアも施さないまま死んでいったり障害が残ってしまうことが、耐えられないほど辛くて、その気持ちが行動を起こす原動力になっていることがよく理解できました。

 私は、そんな風に、人のために情熱を持って働いているだろうか、と改めて思いました。

 以前はあった情熱が、いろんなことが起こっていくうちに、少しずつ小さくなってしまっているような気がしたのです。

 研究者としても、心底好きで、時間とエネルギーをつぎ込んでも惜しくないと思えるような研究よりも、安易な方法に流れようとしている自分が少し恥ずかしくなりました。

 どんなに時間がかかっても、「これがやりたい」と思うことをやり通す方がいいのではないかと、もう一度考え直しました。

 同じ時期に、学会に発表する演題の抄録を作るために、私は、「心的外傷と回復」の原文をもう一度読み直す機会を得ました。

 中井先生の訳もすばらしいのですが、原文を読むと、J. ハーマンの執念とも言える気迫がもっと身近に伝わってくるのです。

 J.ハーマンの研究テーマは、私が目指しているものとほぼ一致します。

 本当は、トラウマケア、特にDVや性的虐待などのケアと臨床研究に絞りたい気持ちがありながら、今の環境ではそれができないので、全く違うテーマで研究をし、EMDRのような、トラウマに効果的な治療法も、周囲の理解がなかなか得られず、もうあきらめようかと思っていました。

 しかし、J.ハーマンの論文を読みながら、今の私に欠けているものは、信念を貫く勇気だと分かりました。

 私のような人をこれ以上増やしてはいけない。その気持ちが、大学院(修士)をやり抜く原動力となり、さらに厳しい状況で臨床活動を続けていく上で大きな支えになっていました。

 私もPTSDとうつで長く苦しみましたが、EMDRを使った治療を受けることで、非常に早いスピードで症状を軽くすることができました。だから、同じような苦しみを抱えながらも、治療を受ける人の方が少ない事実を知り、何かしないではいられなかったのです。

 そんな過去に抱いていた気持ちを、彼らは思い出させてくれました。

 今の職場では私が本当に望んでいるものは得られないし、目指すものと周囲が期待するものが違っていると分かったときに、私は環境を変えようと決心しました。

 関西には、そのような環境があり、熱意を再び思い起こさせてくれる仲間がいて、将来への可能性があるのです。

 確かに、トラウマケアの臨床研究は、1つの論文をまとめるまでに最低でも5年、長ければ10年かかります。情熱だけでは食べていけないのが現実です。

 それでも私は、5年後、10年後に、本当に良かったと思える選択をしようと決めました。研究でも、心から伝えたいと思うことを伝えていけば、必ずそれを受け止めてくれる人も見つかるだろうと思います。


 

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近況報告:恐ろしき年度末

 ヒロシ風に言うなら、

 「最近やることが多すぎて、ブログの更新ができません!」

 という感じでしょう。とにかく、忙しいです。

 来週、再来週と大学・専門学校の後期試験です。問題と追試問題と(なぜか事前に教務係に提出しなければらならない)3科目分も作らなければならない上に、来週は補講もあり、レポートの提出期限にもなっていて、試験の日までに70人分ちょっとのレポートを見なければならないのです。

 そして試験が終わると、今度は採点して評価を出して、成績が思わしくない学生さんに追試をすることになります。

 大学の講義を最後までやるだけでも大変なのですが、さらに来週水曜日までに、スクールカウンセラーの報告書を出さなければなりません。年間280時間、週8時間の勤務なのですが、結局祝祭日や学校の行事の関係で、3月ぎりぎりまで働かなければ基準を満たさないとのこと。子供たちと会うのは楽しいので苦痛ではありませんが、年度末になると、研修会や報告会など、非常に行事が増えるので、学校勤務以外でやることが目白押し。

 これだけで精一杯…と言いたいところですが、さらに私は「大学院生」としての義務を果たさなければならないのです。

 教授曰く「論文を書かないと、先に進まんでしょ」

 そこで、空き時間をめいいっぱい使い、睡眠時間を削り力を込めて?論文を書いて提出したところ、すぐにメールが届き、そこには

 「これを基準に、量産していきましょう」

 と書かれてありました。

 結局今月あと1本、3月の終わりまでにあと2本、合計3本の論文を書くお約束をしました。

 年度末は、去年もこんな感じでした。大変ですが、何とかかたづけて、4月には心おきなく関西に移住したいと思います。もう住まいも仕事も1つ決まったし、目標があると論文はなんとか書けそうな気がします。

 うーん、もう少しだから、頑張ろう。


 

 
 

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今私たちにできること

 昨日、いくつかのブログでアナウンスのあった、スーパーテレビ「我が子は自閉症~奇跡の子育て奮戦記」を見ました。

 私はTV番組のコメントを滅多にしませんが、昨日の番組はかなり見応えがあったと思います。

 自閉症は本当に誤解の多い障害の一つです。「奇行」や「他害・自傷行為」への対応の難しさもさることながら、感覚の鋭敏さ、環境変化への適応の難しさなど、普段私たちが何気なく行えることが、彼らにはとても大変なことで、目に見えないところで私たちの何倍もの生きにくさを抱えているということを、周囲が理解するのはなかなか難しいことなのです。

 番組で紹介された子供たちは、比較的重度の自閉症で、発見も早かったと思います。ご両親が我が子の障害をほんとうに受け入れるまでには、相当長い時間がかかったであろうと思います。それでも日々子供の障害と向き合い成長を見守り、将来の事を考えていこうという姿勢には、頭が下がる思いです。夫婦が共に障害を理解し、子育てにおいても協力体制を築いていくまでに、彼らが払った努力は並大抵のものではなかったと思いますし、子供に対する愛情の深さも感じます。

 しかし、このような例は、まだ非常に少ないというのが現実です。

 我が子の障害をどうしても受け入れられない親も少なくありません。また、パートナーや周囲の理解が得られず、子育てのほとんどが母親まかせになっていて、自閉症特有の行動の対応で疲れ切っている人も多いです。また、奇行をしつけの問題と誤解され、心理的に追いつめられ、孤立感を強めている人たちがたくさんいます。子供に対する愛情があっても、どうしていいか分からずひとり悩む親もたくさんいます。

 このようなTV番組により、自閉症が一般に正しく理解されるきっかけになれば、と私も思います。その一方で、自閉症の子供たちや、成長し今は大人になった当事者や彼らの家族が、将来に希望を持って生きていけるようになるためには、今私たちに何ができるのだろうか、と考えます。

 番組でも言われていたように、子供の時には学校教育の恩恵やケアを受けることができても、学校が終わってしまうと、そこから先、自立した生活を送るための援助がぷっつり切れてしまうのが現状です。

 自閉症の子供たちがある程度の自立した生活を送れるようになるためには、今足りないものがたくさんあります。

 発達障害は主に小児科か、児童精神科で対応されますが、小児科は基本的に14歳までで、それ以降は精神科に移行する形になります。児童精神科医の絶対数も少なく、これからこの領域の専門家を養成していくことも大切なことですが、発達障害の成人例の診断治療を専門とする精神科医はそれ以上に少ないのではないかと思います。
本来発達障害に関しては、子供から大人まで長いライフスパンでつきあえる専門医の存在が欠かせないと私はかねてからずっと考えています。

 そして、自閉症の当事者だけでなく、その家族のこころのケアができる臨床心理士も必要です。発達障害と家族療法を専門とし、発達心理学に詳しいことが条件となるでしょう。

 また、当事者が社会で暮らしていくために、必要な福祉サービスを受けることができ、サポートネットワークを作っていくためには、ソーシャルワーカーや社会福祉士のような福祉の専門職の助けも必要です。また、日常生活技能や職業技術を身につけていくためには、作業療法士の援助や自閉症のニーズに合った職業訓練システムも必要です。

 こうやって考えていくと、1人の人が自立していくためには、多くの人間が、それぞれにできる方法で関わっていくことが必要なんだと改めて気付かされます。本当は、私たちもそうやっていろんな人たちの助けを受けながら、こうして生活できているのであって、自閉症への援助は、基本的には私たちが自立するために必要とした援助と大きな差がないようにも感じます。

 ADHDもそうですが、自閉症も生涯つきあっていかなければならないものです。相手の言葉や気持ちを理解するのが難しく、自分の気持ちや考えを表現することも苦手な彼らを、理解するのは確かに大変なことかもしれません。感覚やとらえ方が違っていても、それでも彼らも一生懸命に生きているのです。

 そんな彼らを見守り、支える人たちが1人でも増えていくようにと願うだけでなく、私もまた、自分の専門領域でできる援助を続けていきたいと思っています。家族でなければできないこと以外は、みんなで支え合っていく、これは自閉症に限らず、その他の障害や老人介護にも共通する理想の姿だと思います。

 今回はぴょろと一緒にTVを見ながら、始めて自閉症について、彼に分かる言葉で説明してみました。ぴょろの通う学校にも特殊学級があり、自閉症の子供が在籍しています。どのくらい耳に入ったかは分かりませんが、少なくとも自閉症がどのような障害なのか、少しは理解してもらえたかなと期待しています。


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