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命を見守る猫

 2週間ぶりに、K市内のクリニックでお仕事でした。
今日は、アスペルガーの人を含む、発達障害の人たちのカウンセリングをしました。
私は発達障害が背後にある、と思って対応しているんですけど、病名はうつ病や心身症。主治医にあまり発達障害の事を話すと「また?」という目で見られそうなので、あまりその話題に触れられない難しさを感じます。

 いろんな患者さんの話を聞いていると、時々人生には、「どうしてこんなことが起こるんだろうか?」ということがあるんだなあ、と感じます。理屈に合わないというか、どう考えても不思議というか奇跡に近いような出来事を体験することもあるんですね。世の中に起こることが全て理論的に、帰属的に説明できるものでなくてもいいんだと最近は素直に思います。以前の、理系バリバリの私からはちょっと考えられないことだけど。

 何が回復のきっかけになるのか、本人も周囲も全く分からないことがあるものです。少し前の事で、一度別のブログにも載せたことがあるのですが、もう一度ここに載せようかと思います。

 今年の4月から6月にかけて、ひどいうつ状態となり(原因はPTSD)、眠れない、食べれない、やる気が出ない…と大分調子を崩した時期がありました。それでも我慢して仕事を続けていたら、このまま死んでしまいたいと毎日考えるようになりました。

 そんな中で、毎週のように沖縄に帰っていて、心身共に疲れ果てていた私は、本気で死ぬ方法を考えるところまで状態が悪くなっていきました。

 ある土曜日、私は仕事が終わったら、それまで考えていた方法で自殺しようと思っていました。ところがその日、カウンセリングの仕事がキャンセルとなり、急に時間ができてしまったのです。それで、自宅に戻ると、猫2匹が玄関にいて、私が帰ると迎えてくれました。

 その後は、私が自分の部屋にいても、ご飯を食べていても、お風呂に入っていても、挙げ句の果てにはトイレにまで猫がついてきて、まるで私がヘンなことをしないように見張っているようでした。

 それも2匹一緒にではなく、1匹ずつ交代で、常にどちらかの猫が私のそばにいる、という状態が数日間続きました。まるで、申し送りをしたみたいに、私がどこにいようとも、絶対についてきて、寝るときも私が眠ってしまうまで絶対にそばを離れようとしませんでした。

 その時は猫たちがまるでナースのように見えました。

 私が元気を取り戻し、死ぬことを考えなくなると、不思議と猫たちはそれぞれの居場所でいつもと変わらず過ごすようになりました。

 その時には、「もしかしたら猫って、人の気持ちが分かるんだろうか?いやそんなはずない」と思ってあまり気にしないようにしていました。もしかしたら、たまたま猫たちがそばにいたかっただけかも、と思っていました。

 でも、先日久しぶりに沖縄に戻ったときに、シェーンもみーちゃんも、私が帰ってきた音を聞いてすぐに部屋から飛び出してきて、「ずっと待ってたよ~」と言わんばかりに、頭をすり寄せてくる姿をみて、もしかしたら、猫って人間が考える以上に人の気持ちをよく理解しているんじゃないかと気がつきました。あれは偶然なんかじゃなく、飼い主の危機を感じ取っていて、こいつを1人にしておくとやばいと思ったのかもしれませんね。

 振り返ってみて、この2匹のお嬢さんたちの見守りのおかげで、私は命を長らえたように思います。今も時々気分が落ち込むときがありますが、大抵は孤独感からくるものなので、そんな時はこの事を思い出すようにしています。一番辛かった時に猫たちに助けてもらったことを考えると、何だか少し元気になれる気がします。

 

 

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ちょうどよいさじ加減

 「三年B組金八先生」の中で、軽度発達障害について取り上げられていました。それを見ていて、確かにそうだなと共感できる部分と、現実はもっといろんな問題があるんだよなあ、と思ったところと、両方ありました。

 実際に、中学校でも病院でも、学習障害(LD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)、そしてアスペルガーなどの自閉症スペクトラム障害をおそらく抱えているだろう、と思える人にたびたび出会います。

 スクールカウンセラーの仕事をしているとき、学校ではあまり「軽度発達障害」という言葉を使いません。もちろん、LDならLDの特徴とか、学校生活で予測される問題などについては説明します。その上で、どのように対応していけばいいかを先生方と一緒に考えることはありますが、そういう時でも診断名を口にすることはあまりありません。

 病院では、すでに不安障害やうつ病などの診断があって、そういう患者さんと話をしたり心理テストをやったりしていると、段々と発達障害の存在が浮かび上がってくることがほとんどです。最初から、例えばADHDだから、と病院を訪れることはかなり少ないように思います。

 自閉症スペクトラム障害の大人例は、時々統合失調症の初期症状、または人格障害と誤診されることもあります。確かに共通点がないわけではないけれど、どうしてそんな診断になるんだろうか?と疑問に思うこともよくあります。

 こうやっていろんな分野で仕事をしていると、発達障害とひとことで言っても、実に範囲が広く、正確に診断するなんて、難しくて当然ではと思います。不安障害などと同じようなやり方で診断する事はあまり意味をなさないように思えるときさえあります。

 DSM-IVなどの診断基準にぴったりと当てはまるLDやADHD、自閉症の人はそんなに多くはないだろうと思います。むしろ、白と黒の間のグレーゾーン、つまり、どっちにもあてはまりそうでその中間の境界線近くにいる「非定型」とよばれる人たちは、おそらく医療関係者が考える以上に多い気がします。こういう人たちにとって、自分がどの位置にいるのかということを知ることは大切なことかもしれませんが、どういう診断名を付けられるかはあまり意味をなさないと思います。

 「コミュニケーション障害」「社会性の障害」「こだわり」の3つは自閉症スペクトラム障害だけでなく、他の発達障害の人たちも大なり小なり抱えている問題ではないかと思います。3つのどれか、あるいは3つにまたがるかもしれませんが、程度の差はあっても、何らかの生きにくさや人間関係の問題を抱えているという点では、共通しているような気がしてなりません。

 こういった障害は、後天的に事故などで脳に障害が残った場合にも見られることがあるし、てんかんのような脳の病気の後遺症や二次的な症状として出てくることもあります。脳機能という点から見ると、これらは大脳皮質、特に前頭野や側頭野といった、人間の頭脳の中では最も複雑な機能を司る部分の「ミクロな行き違い」と説明できるわけで、このような観点からだと、「高次脳機能障害」の中で、原因はよく分からないけど人生早期からすでに存在している障害とひとまとめにして考えてもおかしくないと思います。
 
 おそらく、「軽度発達障害」のどこかに当てはまる人は、皆さんの身近な所にも以外に多いような気がします。そしてその人たちの中には、当然自分自身が困っている人もいるし、私の配偶者のように、本人は困っていない(というか自覚がほとんどない)けど周囲の者が困っている場合もあるだろうと思います。要はいかに適切な診断をするかということよりも、「困っていること」のなかで変えられる部分を変え、理解して受け入れる部分は受け入れ、生きにくい環境ながらも「なんとかやっていける」ことを目標にできるような、生活全般を対象に、さらに発達のスパンを視野に入れた援助を、それぞれの得意な分野で協力してやっていくことだと思っています。

 そのためには、当事者や家族にばかり努力を求めるのでなくて、もう少し私も含めた医療従事者の発達障害にたいする意識や見方を変えていく必要があるのではないでしょうか。

 そして、あくまでも本人主体の「ちょうどよいさじ加減」の援助があれば、少しだけ生きにくさが解消され、より住みやすい環境が整えられていくような気がします。今はまだ理想論に過ぎませんが、まったく実現不可能ではないと思っています。

 

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1クリックでできること

 沖縄に帰っていた先週の土曜日、新潟県中越地震が起きたとTVで知り、大変驚きました。

 新潟には、同業者でメールのやりとりをしている人が住んでいるので、彼らの家族は大丈夫だったんだろうか…とずっと心配です。PCメールアドレスしか分からないので、まだ連絡が取れていません。せめてみんなの無事を祈るだけです。

 地震で亡くなられた方のご親族に心からお悔やみを申し上げるとともに、地震のため被害に遭われた方へ、お見舞いを申し上げたいと思います。

 今も揺れが続いており、更に天候が悪く二次災害の危険性もあるようで、一日も早い復旧が望まれます。また、地震やその後の生活環境の激変が大きなストレスとなり、心筋梗塞や脳梗塞などでお亡くなりになられた方々もおられ、地震の影響の大きさを改めて感じます。

 トラウマケアをやっていると、すぐにでも何かできないかと考えてしまいます。まず、今新潟から遠く離れた場所でも出来ることといったら、せめてこれくらいしかないのかもしれないけれど、のりよしさんのブログにあった、1クリック義援金をここで紹介させていただくことで、何かのお役に立てればと思います。

 新潟県中越地震緊急義援金募集

 1クリックで1円が寄付されます。1日1回のクリックしかカウントされないので、ご注意下さい。

 

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二大イベント?

 今日は大きなお知らせが2つほど。

 何と、このブログ(Slient Voices)が、ココログオフィシャルガイド2005に紹介されたそうです。

 メールをいただいたのが今年の8月で、「え~!こんなブログでも載せてもらえるのか…」と半信半疑でいました。以前に新聞社の取材を2度ほど(ブログでなくて違うことで)受けたときも、取材したからといって、載るとは限らないと聞いていたし、実際載らなかった事もあったので、それほど期待せずに、そのうちすっかり忘れていました。

 そしたら、ついこの前、「本で紹介させて頂きました」というメールをいただいて、さらにびっくり。

 だって、別に思いついたままちまちまと書いているだけで、そんな本に載せていただけるようなものではないと思うので…まだ何となく実感がないです。

 一応念のため、行きつけの本屋さん(福岡ジュンク堂)に行って確かめてみようかと思っています。

 それから、も一つのお知らせは、

 臨床心理士資格の一次試験に合格しました。(なんとお手紙が自宅でなく職場に届いていた…)

 来月、2次試験(面接)を受けて、その結果で来年資格がもらえるかどうか決まります。

 また東京に行くのか…。今度は台風は来ないだろうなあ。(笑)

 勉強結構たいへんだったので、通知をもらってほっとして力が抜けてます。これから、夜中まで明日の講義の準備にとりかからなくては。


 ここに遊びに来て下さっている皆様にはいろいろと励ましの言葉をいただいて本当に感謝してます。あともう1つ頑張れば、やっと資格がとれそうです。


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悩む子育て

 2日間沖縄の自宅に戻り、4年前に修士論文を書いたときの参考文献や書籍を見直して、必要なものを全部ゆうパックで送り届けてアパートに帰ってきました。

 11月の中旬までに1本論文を仕上げなくてはならないので、これからしばらくは睡眠削ってお勉強です(泣)。テーマは、児童虐待の心理的影響とケアについて、です。そういうわけで文献を読むだけでなく、ネットサーフィンをやりながらいろんな情報を集めている所です。論文を書くのは大変な作業ですが、それが印刷物(来年ある大学院の紀要に掲載予定)になる喜びも大きいので、その日を想像しながら、とにかくまとめなくては。

 今のようにPTSDだとか発達障害の心理的支援を専門にする前、私が修士課程にいたときに取り組んでいたのが、子育て支援でした。何と言っても、私自身が子育て現役でさんざん悩んでいたので、少しでも問題解決の糸口が見つかれば、という気持ちもあって、かなり必要にも迫られていたのでした。

 アメリカの大学院で、周りを見ると結構私と同じくらいの年齢で、小さな子供を抱えながら必死で勉強しているクラスメートが何人もいたし、もう少し年齢が高くて、「うちの子供たちはもう私の言う事なんて全然きかないのよ」と時々こぼしながらも、思春期の問題にまじめに取り組んでいる女性もいました。そんな環境だったので、逆に私にとってはちょっとほっとできる場所でした。

 そのころよく話題になっていたのが、子供のしつけの問題でした。アメリカでも日本でも、親にとって一番頭の痛い問題なのでしょう。発達心理学の授業で子供のこころの発達について学んでいても、自分の子供になるとつい感情的に…というのは、文化を超えて共通した悩みなのです。

 子供の虐待といっても、虐待の内容や年齢による特徴があって、ひとくくりにして述べるのはなかなか難しいことです。3歳以下の子供の身体的虐待やネグレクトは、割合としては3歳以上の子供よりやや少ないですが、親の虐待が原因で命を落としたり重度の障害を残すことが非常に多く、しつけ以前の問題もかなり含まれます。

 3歳以上になると、やはり第一の要因としてしつけの問題が挙がってきます。特に小学校入学前の、いわゆる第一反抗期の時期は、子供も言うことを聞きにくいので、しつけのつもりがエスカレートして…ということも少なくありません。大学院でも、やはりHot debate(熱い議論)になるのは、しつけと虐待の境界線とは何なのか、ということで、講義を聞いて、「私のやってきたことはもしかして虐待になるのか?」と先生に食いついたクラスメートもいました。

 食事のマナー、後かたづけ、言葉遣い、他の子供との関わり…と、注意しても聞いているのかいないのか、同じ事を繰り返すし、逆にわざとやってみせてはおもしろがっているふしもある…と、3歳~5歳くらいの子供はけっこう大人にとっては手強い存在です。本当に「怒らせ上手~!」と思わず叫んでしまいたくなることもありました。アメリカの親たちはもっと深刻で、子供をたたいたりして大声で泣くのを近所の人に聞かれて通報されると、警察がやってくることもあるらしく、怒らずに、泣かさずにどうやってしつけをすればいいんだよ…と毎日悩みながら子供を育てているのが実情のようです。

 元気の良すぎる男の子を育てていて、私も何度か「もう子供を育てる自信ない」と号泣したこともありましたし、不安もいっぱい抱えながら、気の重い毎日を過ごしていた時期で、大学院の授業を受けに行くと、何となく情報交換ができて、それもこの一番きつかった時期を乗り越える原動力になったのかもしれません。

 そういう中で、今でも忘れることのできないエピソードがあります。

 私の夫の友人でアリゾナ州に住んでいる家族を訪ねて行った時に、3歳の長男が5ヶ月の弟のおもちゃを取り上げて、床に投げつけるという事件がありました。ちょうど、みんなでこれから出かけようとしていたときで、夫の友人(つまり子供の父親)が、その子を抱え上げると、「マイク、お前はお父さんがやってはいけないよということをやったから、お父さんは今からお前のおしりをたたくよ」と言いながら、2発パンパンとおしりをたたきました。子供は涙目になりながらも、じっとお父さんを見つめながらだまっていました。

 その後、彼は自分の子供をしっかりと抱き上げると、「お父さんはお前の事を本当に愛しているんだよ。お前は私の誇りだ。(アメリカ人は人をほめるときに"I'm proud of you."とよく言う)お父さんはお前が嫌いだから怒ったわけではないんだ」と話しかけていたのです。

 そのあと、彼らの家族と一緒に車でドライブしている間も、このお父さんは長男を運転席の後ろの席に(もちろんチャイルドシートにのせて)座らせ、ずっと話しかけていました。自分の息子を"sunshine(息子のsunと光輝くという意味のshineをくっつけた表現)"なんて表現するような文化は多分日本にはないかもしれませんが、言葉より何より、お父さんは絶えず息子に、愛情を伝えようと頑張っていたように私には思えました。そして、息子に父親の愛情が十分に伝わっていることもよく分かりました。彼らはしつけをするにあたって、私たちよりも多少厳しいかなと思うこともあったけれど、それ以上に十分に愛情をかけ、信頼関係を作ろうと常に努力していたのです。

 驚いたのは、夫の友人であり、2児の父親である男性の生い立ちはかなり大変なものだったようでした。実の母親は行方が分からず、父親はアルコール依存症を抱え、兄弟とも幼い頃に生き別れたという過去を持っていました。だからこそ、子供たちには絶対に自分のような思いをしてほしくない、という気持ちが強かったのかもしれません。よく虐待する親は自分自身も子供時代に虐待された経験がある、と言われますが、たとえ自分が虐待された過去があっても、自分の子供を虐待しない親もいるのだということを、目の当たりに見た経験でもありました。(統計学的には、一般人口から抽出したサンプルに対する調査で、被虐待児で加害者である親の割合は30±5%という結果が10年くらい前に出ています)しつけの事で、悩まない子育てはあり得ないと思うのですが、それでも虐待に至らない人とそうでない人の差はどこで出てくるのだろうか?

 加害者の半数以上が実母という状況を考えると、「対応の難しい子供」と「感情のコントロールが悪い母親」というイメージが出てきそうですが、実際には、もっといろんな複雑な状況があって、単に母子の関係だけでなく、家族全体、ひいては地域社会の問題ともいえるのかもしれません。

 父親の子育て参加は、母親の子育てストレスを少なくする意味では大変だけど大切だと思うし、何よりも子育てについてできるだけ共通の考え方を持っておくことは、子供が落ち着いて育っていくためにはとても大切なことだと思います。しかし、子育てに参加したくても仕事が忙しくて出来ないこともあるし、子育ての方針をめぐって母親と父親の意見が衝突したり、考えがどうやっても合わないよ…という結果になるときだってある。

 失敗しないで子育てをしようというのは不可能だ、と気がついたのは、数年前のことでした。人間の気分がころころと変わるように、子供だって毎日変化するし、お互い虫の居所が悪くて衝突し、ついひどいことを言ってしまったり、あとから「しまった」と思うような対応をしてしまったり…後悔はやはり先には立たないもんだとつくづく思います。

 そんな「ナマものの子育て」の中で、大声で叱りつけ、子供に反抗され、涙を流して反省し、そしてまた次の対決場面がやってくる、この繰り返しの中で次第に夫の友人が言わんとしたことが段々と理解できるようになってきたのです。叱ったらちゃんと愛情をもってフォローする、失敗したらちゃんと子供にすまなかったと謝る、「後から」ではなくて、思い立ったときにすぐやる、これらの積み重ねの結果として、親子の信頼関係を深めていくことが、「何を教えるべきか」という事と同じくらいかそれ以上に大切だということを。

 おそらく、厳しくてもしつけのレベルで止まる場合と虐待に至ってしまう場合との違いというのは、この信頼感なのではないだろうかと思います。親子の基本的な信頼関係が何らかの理由で築けない時、やはり虐待のリスクが高まるように思います。

 信頼関係というのは、子供が親を信頼するというだけでなく、親も子供を信頼するという相補的なものであって、「親は子供に信頼されるべき」という考えがあまりにも強すぎればこれも虐待につながってしまうのかも…。

 それにしても、今振り返ってみて、私もぴょろにずいぶんとひどいことを、感情的になって言ってしまったなあと思うし、お互いにいろいろ傷つくこともあったと思います。でも、子供が小さい頃であればまだ、気がついた時点で関係は十分に修復できると私はそう考えています。3歳くらいから始まる反抗期とは、もちろん子供自身が成長する上では乗り越えないといけない一つ目の山ですが、もしかしたら、親との信頼関係をより強くするチャンスになるのかもしれません。この時期の子育てがそれまで以上に悩む子育てになるわけで、親にとってのチャレンジは大きいことに変わりはありませんが、親子だけでなく夫婦関係を見つめる機会にもなるし、子供が体当たりで自己主張をしてくるその行動の中には、もしかしたら、親に対するメッセージが含まれているのかもしれない、とさえ考えることもあります。

「今日より明日がちょっとでもよければ、それでいいんだ」という気持ちを持っていれば、過去の不十分なことを取り返せないなんておいうことや、何歳になったから、もうやり直せないなんていうことはないんですよ。何時までも過去のことを思い悩んでいないで、今できることから、子どもにやってあげればいいと思うのです。あまり悩んだり、もう絶望的だなどと考えないで、子どもはそれなりに育っていくものだという気持ちで、最善を尽くせばいいのではないでしょうか。育児に希望を持って、子どもに接していけば大丈夫ですよ。私は幼い子どもにとっての最大の贈り物は、親が子どもに希望を持ってやることで、それ以上に価値のあるものはないと思っていますから。(佐々木正美著「続子どもへのまなざし」より)

そうやって今もまだ子育てに悩みつつ、思春期第二の反抗期に突入したぴょろと、毎日厳しくかつ楽しい日々を送っているところです。

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前を向いて、まっすぐに

 大学の講義を無事に終わらせて、大学病院で論文書くための文献をコピーしたりスタッフと雑談をしてから、少し早めに帰宅しました。

 試験の前からほとんど休みなく働き、おとといと昨日は5時間くらいしか眠っていなかったので、さすがに身体の疲れもピークに達して、気持ちは動きたいんだけど、身体は言うことを聞きません。

 買い物も行くのをやめて、冷蔵庫の残り物で夕食を作り、早めのごはんをすませてから、しばらくぼーっとしていました。

 こんな風に、何もない時間を過ごせるのは、何ヶ月ぶりだろう…9月に入るとぴょろがこっちに住み始めて、にぎやかになったけど、1人の時よりは忙しくなった気がします。仕事も急に増えたし試験もあったし、何がなんだか分からないうちに、もう10月の終わりに近づいている。

 来年の事を考えなければならない時期にきていて、一応今年のノルマである論文2本もようやくめどがついてきました。今年の春、一番うつがひどかったときには、来年の事なんてとうてい考えられなかったのに、今は少し先のことをイメージできるまでに元気になったんだなあ、とちょっぴり感激しました。

 まだ、現実感がなくなったり時間が止まったような感覚におちいることが時々あります。しかし、以前はこんな状態が1日中続いていたのですが、今は普通でいられる時間がだんだんと増えてきているような感じがします。昨日は、筑後川にかかる橋の上を自転車こいで走りながら、身体に触れる風の音や電車が鉄橋を渡る音を耳にし、川の水面が夕日の色に静かに染まっていく風景を目で追いながら、「ああ、まだ私生きているみたい」と実感していました。

 PTSDの症状が本当にひどいときは、自分が生きている実感すら持つことができません。身体が抜け殻のような、別物のような違和感を覚えたり、こころとからだがばらばらになってしまったような感じがすることもありした。

 その頃に比べると、今は大分まともな感覚を取り戻しつつあるようです。

 私の心の中にはまだ漠然とした不安があります。全部の症状が消えてしまわなくてもいいけど、せめて普通に暮らせるようになるんだろうか…と。師匠がずっと前に「必ず普通の生活にもどれる日がくる」と言ってくれたけれど、言われたその時は全然そうだと思えず、未来の私なんてとてもイメージできませんでした。「時々後戻りしながら、今のままをずっと続けていくしかない、もう回復なんて望まないほうがいいんだろうか」、「誰かが分かってくれるなんて期待しない方がいいんじゃないか」、とあきらめに近い気持ちになりかけていました。

 だけど、今日ふっと元気になった自分の姿が見えてきて、"大丈夫、必ず立ち直れる"、と感じました。今すぐにではないけど、いつか(それが何時とはっきりいえなくても)もう一度立ち上がって、前を向いてまっすぐに進めるようになる、と。それは何の根拠もないけれど確信に近い感覚でした。

 師匠が言ってくれた通り、これからいろんな出会いが待っていて、信頼できる人たちともういちどつながりを築いていくことも、ぴょろの親として1人の人間としていろんな可能性を広げていくこともできるようになれると、今は信じてみたいと思います。

 
 師匠にはいつこのことを知らせようかと、考え中です。(転勤後ほとんど連絡とっていないのでかえって言いにくい…)

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約束

 本屋さんにふらりと立ち寄り、しばらく時間をつぶしていたら、何となく「買ってくれよー」というメッセージを感じて、何も考えずに買った本がこれ。

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 「約束」 石田衣良 (角川書店)

 2、3日はそのまま本棚でお休みさせた本を、昨日ぴょろを塾に送っていったあと時間ができたので、呼んでみました。

 私は、専門書と推理小説以外の本をほとんど読まないし、ベストセラーと呼ばれる本をあまり好まない人間です。小説なんて、とうてい現実にはありえない話だし、どんなに感動してもしょせん想像の域を出ないと考えるひねくれ者ですから…。

 でも、この本を読んでとても驚きました。特に最初の「約束」と最後の「ハートストーン」は、私にしては珍しく大泣きしました。ぴょろを迎えに行くために車を運転しながら、もうぼろぼろ。

 石田衣良さんという人の事も、この人がどういう小説を今まで書いてきたかもよく知りません。どうしてこの本を買おうと思ったのか…何も知らないのに、何か惹かれるものがあったんでしょうね。実際に読んでみると、この本の中に出てくる7つの話は、少なくとも全くあり得ないことではないし、カウンセリングの中でクライエントから話された出来事とかなり似通っていたように思います。

 実際、「約束」と同じような話を、私はある子供のカウンセリングで耳にしたのです。親しい友達を亡くし、ずっと自分を責めつづけてきたその子を勇気づけたのは、亡くなった友達からのメッセージ。この子の表情が目の前で変わるのを見ながら、私は人生には時々不思議なことが起こりえると感じていました。
 
 それと似たような話が小説になっている、そのことにとても驚くと同時に、何か不思議な暖かさを感じました。

 この本を読み終わって、トラウマの治療っていったい何だろうと考えました。

 いや、それよりも、治療者としてなんて、何もできていないんじゃないの?と思いました。

 トラウマを抱えると、日常から切り離され、時間が止まったような感覚になります。そこから再び時間が流れ、日常感覚を取り戻すために、何ができるのだろうか、とずっと今も考えています。

 たとえ治療的な技術があっても、それだけではたいした事はできていないのかもしれません。これまでに何度も書いてきたように、人とのつながり、それも何も大きな事をやろうというのではなく、小さな事を気持ちを込めてやっていくことの方が、何倍も力になるような気がしたのです。

 「専門家」という立場に甘んじることなく、身を低くして一つ一つに取り組みたい。

 そういう意味でも、この「約束」という本は、トラウマケアをやっている私にとって、また、1人のPTSD患者としての私にとって、とても大切なものを教えてくれたように思います。

 
 さて、これから看護学科で授業とテストがあります。あと2回で講義が終わります。
学生さんたちに、伝えたいことをちゃんと伝えられるかな…?まずは、できるだけやってみよう。


 

 

 

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自分の人生に責任を持つ

 昨日夜中から台風23号の影響で、大荒れの天気です。
お昼ごろよりは少しおさまっていますが、まだ風が強く、窓ががたがたと揺れています。

 このあたりの小・中学校は今日はお休みです。でも、市内バスが普通通り運行されているので、私は午前中中学校へスクールカウンセラーの仕事に行ってきました。子供たちのカウンセリングはありませんが、先生方との話し合いがあったからです。

 私の勤務する中学校は、K市内では比較的落ち着いていて、長期の不登校生徒数も少ない方だと聞いていました。確かに、他の中学校に勤務するスクールカウンセラーの話を聞く限りでは、表面的には問題が少ない方かなと思っていました。でも、次第に学校に慣れてきて、いろんな先生と話す機会が増えてくると、実は目に見える問題が少ないだけで、予備軍はけっこういることが分かってきました。私の目から見ると、軽度発達障害の子供たちが予想したよりも多く、また家庭に大きな問題を抱え、悩みながらもどうにか学校に出てきている子供たちも少なくないように思えます。

 一週間に8時間と、極めて限られた時間しか中学校にいないため、全ての子供たちの援助に直接関わることは不可能です。せめて、時々彼らに直接関わっている先生方から様子を聞き、どんな助けができるのか、どう関わってもらえればいいのかを、一緒に考えることくらいしかできないことも多いです。不思議とそういう話し合いを重ねるうちに、問題がこじれることなく本人も、そして関わっている先生方も何とか対応していき、そのうちに段々と問題そのものが解決方向に向かうことがあります。しかし、先生方も私も、子供たちがこの状況を乗り越えられるように、それぞれの立場で考えていても、子供たちに声がなかなか届かないこともあるし、先生と私で意見が合わないこともあり、うまくいくことばかりではなく、学校での援助に限界を感じることもあります。

 中学生は難しい、とよく言われるのですが、私は決してそう思いません。たしかに、身体は著しく成長し、内面の変化も大きい時期であることに疑いはありません。それでも、彼らの繊細さや洞察力の鋭さなどに驚かされますし、本当に人をよく見ているなあと感心させられることも多いです。そういう特性があるために、彼らが家族や友達など人との関係で傷ついたり悩んだりするのも無理のないことではないだろうか、と感じます。多くの子供たちは、苦しい時でも自分でどうにかしようともがいているように思います。そして彼らの多くはそれを言葉として伝えることができないので、行動で表すことで何らかのサインを出しているように思えるのです。そのサインには、援助を求めるという意味だけでなく、周囲に対する警告的な意味も含まれているように感じることが少なくありません。彼らの言いたいけど言えないことをキャッチするだけの感性を、果たして周囲の大人たちは備えているんだろうか?そんな疑問を抱くこともよくあります。

 今日、学校でふと窓の外を見ながら、どのような人にも、人生に何度か今日のような嵐の時が訪れるのではないか、と思いました。
 
 世の中には自分の力ではどうしようもない問題も、生きている限り避けられない問題も存在します。虐待、暴力、裏切り…たとえ犯罪と呼ばれる行為でなくても、毎日の生活の中で傷つくことはたくさんあります。どんなに親しい人がいても、孤独からは逃れられないし、死や病気がなくなることはありえない、そういう事に本格的に気付き始めるのが中学生の頃ではないだろうかと思います。「どう生きるか」という根本的な問いは、このあたりから始まっていそうな気がします。

 こんな風に考えていくと、人間はいくつになっても何らかの辛い体験や傷つきを抱えながら、生きていかなければならない定めなのかもしれない、と思います。トラウマを抱えた人たちを援助する仕事を何年もしているうちに、段々と問題そのものが解決することより、その人がどう向き合ってどう乗り越えていくかが大切だと考えるようになりました。過去はどうやっても消し去ることも変えることもできないし、記憶は残り続けます。もう同じような体験をしないという100%の保証はどこにもありません。過去からも不安からも、完全に逃れたいと望むことは現実的でないように思います。

 EMDRのようなトラウマに対する治療的な介入を行う中で、結局トラウマを乗り越えられるのは、「自分の人生に責任を持てるのは自分しかいない」ということに気付いた人たちではないかと感じます。過去を忘れようと、アルコールや薬物への依存を強める人もいるし、怒りを抑えきれずに他人に攻撃的になる人、過去を否定し問題から目をそらし続ける人もいます。その一方で、度重なる虐待や暴力に遭い、心も体も傷つきながらも、真正面から向き合い、受け入れ、そして自分自身と生活を立て直していくだけでなく、他人を援助している人もいます。自分を理解し、受け入れてくれる人の存在やいい治療者との出会いも大切ですが、結局生き方を変える一歩を踏み出せるかどうかは本人次第なのです。

 私自身も、自分の人生に責任を持てる人間になりたいと思っています。今はまだ、十分に回復したとはいえませんが、与えられている責任の範囲内で援助者としてできることを続けていきたい、そしていつか笑顔でまっすぐ前を向いて歩いていけるように、ここから一歩ずつ進んでいきたいです。

 中学生の子供たちにも、「たとえ周囲がどのような状況であっても、自分で考え、決めていかなければならないことがある。自分の考えにも行いにも、そして人生にも責任を持つことができる」と皆で伝えていく必要があるのではないかと思います。すぐには分かってもらえなくても、その答えは10年以上経って返ってくるかもしれませんから。 

 

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動揺(Disturbance)

 今日は少しいやなことがありました。

 配偶者がK市に遊びに来ていたときに知り合った人と、今日ある場所でばったり会いました。その時に、「彼は本当にいいダンナさんでよかったね」と、開口一番に言われました。

 私は何と言っていいか分からず、「そうですね」とだけ答え、手短に挨拶をすると、その場を去りました。

 こんな事、今までに数えたらきりがないくらいありました。どう見ても端からは、穏やかで優しそうに見える配偶者。だからこそ、家の中でこの人がいったい何をやってきたのかを、どうしても言えないし、言っても信じてもらえない、その繰り返しでした。

 この何気ないほめ言葉は、私をとても動揺させました。その人と別れて家に戻ってから、今までずっと、子供の頃の事や、配偶者が暴力をふるっている場面を繰り返し、繰り返し、思い出したくないのに思い出してしまうのです。あれは私の記憶違いなんかじゃない、確かに起こったんだと分かっているけれど、そして、その時の身体の痛みまでよみがえってしまうのだけれども、自分の感覚を信じたくない気持ちがどこかにあって、もしかしたら、私が間違っているのではないかと不安になってしまう。

 母親のことも、「あんなに優しそうなお母さんがそんなことするわけない」とどれほど言われたことか。

 そして配偶者の事を、信頼していた人に話したら、DVだとも気付いてもらえず、逆に「あなたがもっと反省しなければいけない」と諭されてしまった。

 「あんないいダンナが…」という言葉は、できるだけ言って欲しくない。

 そう、確かに優しいときもあるし、人当たりもいいから周りがおかしいと気付くことはないかもしれません。本当にみんなが思っているような配偶者なら、なぜ私は今、腕や肩が震え、しめられた首のあとが痛み、まるで時間があのころに戻ってしまったような感覚を味わわなければならないのでしょう?

 母親のことも配偶者の暴力も、確かに彼らがやったこと自体痛かった(というより下手をすると命がなかった)けど、それ以上に私を苦しめてきたのは、私の話をだれも信じてくれなかったことでした。

 今、消えてしまいたい気持ちをようやく支えているのは、明日病院でPTSDの患者さんのカウンセリングの予定があることと、講義を最後まで終わらせなければという責任感だけかもしれません。おっと、ぴょろの存在もストッパーにはなっていますけど、逆にぴょろがいるから落ち込んだ顔を見せられない辛さもあります。

 私が消えてしまいたい理由は、私の言葉を信じてくれる人なんて多分誰もいないだろうと思っているからで、だからこそ、その反対に同じような状況にある人を何とか助けたいと思っている、そんな矛盾だらけの中で、孤独に耐えている状態なのです。カウンセリングの上では、信頼してもらえていることを感謝する気持ちを忘れないように努力しているのですが、仕事を離れると、自分も人も信頼するのがとても難しいし、果たして本当に私という人間は、誰かに信頼されているのだろうか、と絶えず疑問を抱いている。

 母親や配偶者に変わって欲しいという気持ちは全くありません。今はむしろ、彼らをかわいそうだと思います。ただ、難しいと分かっていても、周囲には私が話した事は本当に起きたことなんだと、せめて「そんなことがあったんだ」と受け入れて欲しかった。誰か一人でもいい、「あんな優しそうな人が…」と言わないで、「辛かったね」と言ってくれていたら、ここまで過去の出来事を引きずらずに済んだかもしれません。

 今は、眠れない夜をただ過ごすだけです。時が経てば、少しは落ち着くことを願いつつ。


 

 
 

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人生は学びの場

 10月10日、臨床心理士資格認定試験は無事に終わりました。

 前日の夕方、関東に台風22号がやってきて、激しい雨風でどうなることかと思いましたが、空席待ちで午前中早い便ですでに東京に着いていたので、ホテルの一室で台風が過ぎ去るのを待ちながら勉強に励んでいました。

 試験は予定通り、東京ビッグサイトで、午前10:30~午後4時まで行われました。

 3000人以上の人が受験していたのではないかと思います。試験は予想よりもかなり難しく、合格する自信は全くありません。来年受けるのやめようか…とやる気がなくなるほど、難問奇問の連続でした。

 まだ大学院の修士課程を卒業したばかりで、臨床経験がほとんどない人もいるだろうに、問題が応用力を問うようなものだったり、ロールシャッハテストのように、ある程度の実務経験がないと分かりにくい問題が出ていたりと、こんなに難しくしていったいどのくらいの人が合格するんだろうか?と思う内容でした。

 認定する側としては、「この程度の事は分かっていて欲しい」という希望もあるのでしょうが、それにしても、難しかった。

 試験が終わった後、お台場のフジテレビに見学に行き、それから名古屋へと移動しました。

 翌日連休の最終日、中京大学で「日本行動療法学会」の1日研修会に参加しました。その日、会場となった大学で、別の資格試験が行われていたらしく、私は受験生と間違われて、専門学校のパンフレットまでもらってしまいました。

 そして11日の夕方、新幹線で福岡に帰ってきて、ぴょろと配偶者の待つK市に着いたのが夜9:30過ぎ、それからどうしても温泉に行きたいという配偶者につきあい、温泉に行ってアパートに帰り着いたのが11:00頃でした。

 翌日(12日)は、福祉系の大学と、専門学校で立て続けに講義が3コマあり、最後の講義が終わってふらふらになって帰宅し、やっとゆっくりできると思って時計を見たら夜11時を過ぎていました。

 今日は朝から中学校でスクールカウンセリングの仕事をし、夕方帰ってきてからたまっていた家事をやり(配偶者に留守番をお願いして帰ってみたら驚くほど散らかっていた…)、今日のお仕事を終わらせてぴょろが寝た後から5日ぶりにたまったメールを見て、やれやれと思ったら真夜中に。

 うーん、どこかで休みを取りたいんだけど…ゆっくりする暇がないですね。

 試験の事は、終わってしまったんだから今更後悔しても仕方ないし、受からなくてもそんなに今の仕事には影響しないし、今は大分あきらめに近い心境になっています。なかなかうまくいかない人生ですが、そういう体験からも何かを学んで成長できるチャンスが与えられているのかもしれません。

 試験を受けるまでにはいろいろあったけど、これも必要な経験だったと頭を切り換えて、明日からまたがんばろうと思います。

 

 
 

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孤独の闇

 あと3日でいよいよ試験。でも今日も仕事は休みではありません。
同じ大学院の卒業生で、今年一緒に受験する人たちは、さすがに今週1週間は休みを取って勉強しているらしいですが、私はそういうわけにもいかず、いつもと同じように仕事をし、その合間で勉強を続けています。

 もう、あがいても仕方ないので、今のキャパでやるしかないです。だめなら来年受けるだけ。

 週末は台風も来るらしいし…、この前の学会に続いてまた台風は私を追いかけるつもりらしいです(笑)。

 
 私は、今でも時々配偶者の暴力の後遺症に悩んでいます。この2年くらい、私の眠りはとても浅く、少しの物音でも目が覚めます。警戒心が強くなっていて、背後から人が近づいてくると、びくっとします。

 こういうのは、いわゆる心的外傷後ストレス障害(PTSD)の残存症状です。

 多分病院に行けば、薬を飲むように勧められるでしょうが、今は病院には行っていません。(自分は仕事しているけど…)

 以前より楽になったけど、今でも自転車をこいでいたり、誰かと話をしていて突然怖かった出来事を思い出すこともあります。自分が講義をしているときには、講義に集中できるし、カウンセリングをやっているときはそれに集中しているけど、それ以外の日常では、いまだにぼんやりしてしまうことがあります。

 でも、配偶者が来れば、そんなことなかったかのように、ふるまわなければなりません。

 ぴょろが心配するからです。

 ぴょろにとっては、なんだかんだ言っても、やっぱり配偶者は大事な家族の一員だから、いなくなってほしくはないんだと思います。気持ちが通じなくても、嫌なこと言われても、それでも父親であることにはかわらない。

 だから、ぴょろには弱音を言うことはできません。辛くなっても、ぴょろの前では平気な顔をするしかありません。

 家庭内の暴力は、DVでも虐待でも子供から親や兄弟への暴力行為でも、被害を受けた人が相談できる場所がありません。犯罪被害者支援も、第三者からの被害に対しては相談窓口があるけれど、身内が加害者の場合、なかなか相談に乗ってくれません。

 時々、誰かに話したいと思うことがあっても、誰に話していいか分からないのです。

 友達が全くいないわけではないけれど、配偶者を知っている人にこんな話をしてもどうせ分かってもらえないか、私が悪口を言っていると言う風に受け取られかねないので、やっぱり誰にも言えません。

 同業者で信頼できそうな人でも、なかなか言えません。不安定な私が、同じような問題を抱える人たちの援助をすることを快く思わない人もいるからです。

 私は、DVや虐待の最大の問題点は、身体的な負傷よりむしろ、家庭という密室で起きたことのために、他人との関係が失われてしまうことだと思っています。

 時々私は、「自分の事を分かってくれる人はもう誰もいないのではないか」と思います。このまま死んでも、誰にも見つけてもらえないし、悲しんでくれる人などいないのではないかと不安になります。

 人は周りにいるけど、誰ともつながっていない、自分だけが切り離された感じがします。

 その孤独感とは、まるで深い闇のように、終わりなくおそってくるような気がします。その孤独感から逃れたくて、私は頼まれたことを断り切れず、わざと何も考える余裕がないくらい忙しくしているのかもしれません。これ以上孤独になることが怖くて、結局実家とも配偶者とも、無理をして関係を続けているような気がします。

 相手を許すことは、相手の行為を受け入れることとは違うということも、「愛情をもって離れる」手段があることも、頭では分かっています。

 しかし、これまでに周囲の無理解にさんざん泣かされた私には、この孤独の闇に勝てるだけの自信も、それを手助けしてくれそうな人も見つかっていません。死の誘惑がやってくると、自分で命を絶ってしまいたい衝動と、ぴょろをちゃんと一人前に育てなければという思いと、私を信頼して相談に訪れて下さる患者さんたちや教え子たちへの責任感との板挟みになり、今のところは後者が勝っているからこうして生きているけれど、そういうものが全部なくなってしまったら、多分私はこの世にいられなくなるかも、と考えることがあります。

 DV被害者の支援をやっていて、同じような訴えを聞くことがあります。私も同じような体験がある、と言いたい。でも、支援中は自分の事は話せないので、ぐっとこらえながら、黙って話を聞いています。

 他人には見えない、「閉ざされたドアの向こうで」起こる様々な暴力の被害を受けている人たちへの支援は、他の犯罪被害とは別枠で対応する必要があると、常々考えていました。今のシェルターやDV被害者支援システムだけでは足りないことがまだたくさんあるように思うのです。

 私は、確かに自分自身が孤独に押しつぶされそうになっているけれど、その一方で「絶対このままで終わるもんか」という気持ちも持っています。

 こういういろんな思いを形にするために、来春、「ファミリーサポートサービス」という民間支援組織を立ち上げようと計画しています。

 

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10%の法則

 しばらくぶりのブログ更新です。
 来週10日に臨床心理士の一次試験が東京で行われます。
だから本当は勉強に励んでいるべき時期ですが、明日から、福祉系の大学と専門学校での後期の講義を受け持つことになり、その準備で追われていて、勉強いつやればいいの?という状態です。

 ううう…。ま、仕方ないです。

 昨日日曜日は、ぴょろ小学校最後の運動会でした。天気も良くて、十分楽しめました。ぴょろが通う小学校は、1学年2クラスずつのこじんまりした学校で、人数もプログラムもちょうど良いくらいでした。1ヶ月足らずの短い練習時間だったのに、ぴょろはそれなりにがんばっていました。一番の心配であった組体操も成功し、運動会の終わった後はほっとした様子で家でごろごろとマンガ三昧。

 私は保護者の競技に出まして、その日はよかったのですが今朝から右足の筋肉痛に悩まされています。

 小学校最後の運動会、ということもあって、3週間ぶりに配偶者がK市にやってきました。「運動会を見に来ただけ」と口では言っていましたが、来る早々本屋さんでK市のおいしいラーメン屋探しに夢中になり、散歩と称して近所のパン屋さんに買い物に行ったりと、まるで遠足にでも来たような様子でした。

 当然、ぴょろと2人だけの時より、部屋はちらかるのが早く、今朝配偶者が引き上げた後、掃除に追われたのは言うまでもありません。

 早い話、3人で住んでたときと何も変わっていないということです。(^_^;)

 毎日は顔を合わせない事で、精神的には大分落ち着いて過ごせる今日このごろ、たまに配偶者に会うとそれまでは当たり前のように聞き流していたことが気になったりして、配偶者のいた2日間私はかなりイライラしていました。

 その一つが「10%の法則」と私が呼んでいる、配偶者の認知のくせです。

 配偶者は、10回のうち1回でも何かをやると、「自分は○○をやった」と自信満々で言うのです。例えば、10回のうち9回は約束を完全に破っても、1回だけでも守ることがあると、「ボクはちゃんと約束守っているよ」と返してくるのです。

 もちろん、10回やって10回ともパーフェクトに守れる人はまずいないと思うので、100%を望んでいるわけではないのです。それでも、1割できたらさもいつも出来ているように得意げに、何のためらいもなく堂々と言い放たれると、私の血圧と心拍数は急激に上がります。せめて3回くらいは守ってくれれば、「うんまあがんばっているよね」とは言えるかもしれませんが…。

 そして、自分のやったことであまり相手に覚えていて欲しくない事は、さっさと忘れてしまいます。

 首締めて、死にそうになったことなんて、本人は忘れてしまっているのです。さりげなくそのことに触れると「ああ、それはもう終わったことだから」と言う。

 こういう配偶者を、細かいことを気にしないヤツ、と見る人もいるかもしれません。時々、こんな細かいことにこだわる私が馬鹿馬鹿しく思えることもあるのです。

 それでも、ココロのどこかでは「こんなんで本当にいいんだろうか?」と常に考えている自分がいます。

 自分のやった良いことは精一杯誇大化する、そしてあまり望ましく思われないことはdevaluate(過小評価)する、こういう配偶者のくせは、私がずばり指摘すればするほど意固地になって自分の考えを守ろうとするので、ちっとも良い方向にいく気配がありません。

 最近から、私は「リフレーミング」という技法を使い、この「10%の法則」に対応しています。

 「ボクはちゃんとやっている」と言われたら、「そうなんだ~。普通の人でも大変な事なのに、あなたって本当にすばらしい夫なんだねえ」と切り返す。もちろん、皮肉っぽくは言いません。ただ「私はあなたからそんな言葉を聞いて驚いているんだよ」という意味をこめて言うだけです。

 そうすると、配偶者は「いや…そうでもないよ。少ししかできてないよ」と素直に認めます。まあ、ちょっと効果があるかな、という程度ですが。

 もう一つの、そしてこれこそが私が一番困っている配偶者の認知のくせとは、「自分が感じていることは相手も同じように感じている」というものです。

 配偶者にとって、「相手に好意を持っている=相手も自分に好意を持っている」ということになるらしいです。自分が好きな物は相手も好きだし、自分がこう思っている事は、相手にもちゃんと伝わっていると思っているらしい。

 「私とあなたは違う考えや違う感情を持っている」と言うことを、どんなに説明してもよく理解できていないようなのです。一番困ったのは、ぴょろの教育方針に対する考えが配偶者と私で合わず、その間でぴょろがどうしていいか困ってしまったときに、配偶者が一言、「僕たちの考えは一致しているじゃない」と言ってのけたこと。さすがに、このときは私だけでなくぴょろも驚いた。

 この「自他の境界のあいまいさ」はまさしくアスペルガーの特徴の一つですが、何度違いを説明しても、「あ、そうなんだ」とその時には一応言っても、同じ事の繰り返し。これには私も大分手を焼いています。

 そういうわけで、配偶者との意思疎通をはかるのは極めて困難と言わざるを得ません。

 仕事ではそれなりに能力が発揮できている配偶者ですが、おそらく職場の同僚は配偶者にずいぶん我慢しているところもあるだろうと想像がつくだけに、彼らが本当に気の毒に思えます。時々は、こんな状態で、よく今まで生きてこれたと思うこともありますが、周りを振り回し巻き込みながら、それでも悪びれた様子も、問題意識をあまり感じることもなく、一見おだやかそうな様子で相手を怒らせる事を口にする、そんな配偶者をやっぱり地球外の生物(宇宙人)のように思う私の方が、いよいよヘンなんだろうか?と思ってしまいます。


 

 

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