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普通の人

 最近、「障害者」の表記の件で、いくつかのブログのコメントを見ました。

 「障害者」という表記について:ノーマライゼーションねっと
 「障害児」という表現:たからばこII

 私は、医療関係者としては障害という言葉を多少は使わざるを得ない立場にあるため、正しく使ってもらえればいいのではないか、というスタンスでいます。誤解や差別を生まないような、慎重な対応は必要ですが、例えばADHDは脳の高次機能の障害であることに間違いはないので、この言葉を使わないで子供の状態を説明するのは極めて難しいです。ただ、それがラベル貼りのようにならないでと願うだけです。

 親としては、全く逆のことで悩んでいます。

 それは「普通」という言葉。これがやっかいなんですよね。

 先週の土曜日、ぴょろは配偶者と散髪に行き、いつもよりかなり短く切られて帰ってきました。(本人の意志ではない)そして次の日、体操クラブで、先輩(中学生)に「おまえの頭ヘンだ」と言われ、すっかりしょげて家に帰ってきました。(言った当人は、そんなに意地悪なつもりではなかったと思います)

 私に「僕の頭ヘンだよね」と何度も聞くし、鏡を見ては泣くので、慰めるのが大変でした。人の目が気になるお年頃になった証拠なのか、以前は翌朝にはけろっとしていたのに、今日は学校に行くのもしぶるぴょろ。

 こういう時に、「またすぐ髪がのびるんだから、気にしないで」と言っても意味がありません。もし学校でまたヘンだと言われたら、「オレもイヤなんだから言うな」と言い返すようにアドバイスして、学校へ送り出しました。

 きのうのぴょろをさらに傷つけていたのは、配偶者の言葉です。

 車の中で、落ち込むぴょろに、「普通の人は、そんなこと言われても落ち込まないよ」と言ったそうです。それって、「ぴょろは普通じゃないよ」と言っているのと同じ事ではないか…。

 そういえば、先々週の土曜日にも同じようなことが。ぴょろがうっかりポケットにゲーム機を入れたまま気付かずに洗濯してしまい、ゲーム機が壊れてしまいました。当然ながら、ぽろぽろと涙をこぼし、下をむくぴょろ。「ゲーム壊してごめんね」と何度も謝る姿が痛々しい。

 その時にも、配偶者が「普通の人は(ポケットにゲーム機が入っていることに)気がつくよね」と一言。

 ぴょろは、ゲーム機をこわした自分も父ちゃんも許せない、としばらくの間泣きっぱなしでした。ああぁ…なんでこんなときにこんな事言うんだよ…と私ははらはら。

 ゲーム機が壊れたのは仕方ないと思いましたが、配偶者の言葉で傷ついたぴょろの方が心配でした。このときもなぐさめるのに苦労しました。「僕は普通になりたい」と何度も言うので、ぴょろは普通だよ、と答えるのですが、一度インプットされた配偶者の言葉がなかなか消えず、今も困っています。

 「普通の人は…」は言ってはいけない言葉なんです。

 配偶者が自分の問題(ADHDのこと)をきちんと受け止められていたら、「普通の人」が禁句であることも理解してもらえたのかもしれませんが、それが相変わらずできないので(つまり否認しているので)、同じ問題をもつぴょろのことも受け入れられないし、小さくても繰り返しの傷付きをぴょろに与えてしまっているのだろうと思います。

 「普通って何なのよ?」と配偶者に言いたいのをこらえるので精一杯です。ぴょろの自尊心を育てる子育てをしようとしているのに、それをくじかせるような言動をする配偶者がいる、そのいたちごっこがたまらなくイヤな今日の私です。

 悪気はないんだけど、だからといって我が家では絶対に見過ごせない問題なんです。

 

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Comments

普通の人・・・難しいですよね。他人からみれば普通に見える、自分はふつうだと思っている・・・など、普通の基準はそれぞれにあるから、全てにおいて普通の人なんてたぶんいないでしょうね。
わたしのココログにトラックバック付けて頂いてありがとうございました。おかけで、いろいろな方の意見がもっと聞けそうで、参考になります。わたしが関わった、ある障害者スポーツ(わたしも便宜上この言葉を使っていますが)のインストラクターの方が「障害」について熱心に語られていたことを思い出します。どの立場でこのことについて語るのかによっても意見はさまざま、まさに「普通の考え」という決まりはないのだと思いました。

Posted by: muchan | 2004.05.17 at 12:46 PM

muchanさんのコメントを読みました。ありがとうございます。普通の定義って、確かにあってないようなものですよね。でもこの言葉が、子供にはとても傷ついたようなんです。

Posted by: Sana | 2004.05.18 at 11:49 PM

初めまして。少し前からブログを拝見しています。古い記事へのコメントですみません。
でも「僕は普通になりたい」の言葉に、自分の子供時代が重なってコメントしたくなってしまいました。
私も母にそのセリフを言ったことがあります。どうやっても周りの子のようにできない、相手がなぜ怒るのかわからない…周りの子がわかることが、自分にはわからない。知能に遅れはないのに。母が泣いてるのを見たときは、自分が情けなくて。
「普通」は難しいですね。せめて、自分が誰かにそんな思いにさせるようなことは言わないように気を付けたいと思いました。「いじめられっ子がいじめっ子に」ではないですが、コンプレックスの裏返しで、言ってしまうこともあるかも知れないので。

Posted by: m.k. | 2007.01.14 at 03:25 AM

Thank you for the good writeup. It in fact was a amusement account it. Look advanced to more added agreeable from you! By the way, how could we communicate?

Posted by: Marketing Automation | 2015.10.06 at 02:34 AM

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Posted by: fix my computer | 2015.10.17 at 08:42 PM

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ぼくは、「障害者」と呼ぶ人がいなくなるためには、自分の障害に気付くことからはじまると思っています。誰でも協力して生きているし、そもそも「障害者」とは、周りの環境... [Read More]

Tracked on 2004.05.17 at 08:32 PM

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